阪神大震災を題材にしたドラマを見て、震災のことを思い出していました。
当時私は専門学生で大学生の姉と甲子園の近くに2人で住んでいました。
私が神戸の専門学生へ行くことになって、大学の寮に入ってた姉が住むところを探してくれたんだけど、私は狭くてもキレイなところがいいと言ったのに、ふたを開けてみたら実家よりもボロ家……姉が通っていた女子大学生のみ住めるところで、大家さんの目が厳しいところ。そして隣の住人3人と共同風呂、洗濯機も共同という環境でした。
このボロ家…部屋は小さいながらも3部屋あるし台所も広めで、トイレもあるし間取りは悪くはない…ただ私の1番嫌いなGが出る!実家より出る

そして、屋根の上には沢山の野良猫が住みついていて、子猫が屋根裏に落ちたまま死んでてハエがたかり…台所にハエが大量発生したり…
もうこんな家は嫌だ!!と親にお願いして、私はもうちょい神戸よりに部屋を借りようと探していました

1月16日。
私は夜遅くまで学校の課題を仕上げていました。構成基礎という授業の課題。デザイン考えて描いて…没頭すると朝方までかかることもありました。やっと出来たー!と、姉より一足お先に寝室へ
そして早朝に、ドン!!
という大きな音と地面が上下に!すぐに地震という感覚とは違うものすごい揺れが!!!
とにかくすごい揺れにパニックで
ノストラダムスの大予言に興味があった私は、あぁ…もう地球が終わってしまうんだな
と思いながら声も出ず、上にある照明が落ちてきそうで布団をかぶるのが精一杯





何が起きてるのかわからないまま、ただこわい!こわい!!こわい!!!
揺れが落ちついたら、違う部屋にいた姉が「○○○!大丈夫かー!?」
ああ…お姉ちゃんも大丈夫だった。。。
今の何??
電気もガスも水道も止まってて、今みたいにスマホもないし、情報も入ってこない。
一人暮らしじゃなくてよかった。姉がいてくれて2人だったしそれだけでも救われた。
外に出て、地震だったとわかった。外の水道が井戸水だったから水が出ることがわかった。
とにかく何か食べ物調達しようかと、コンビニに行こうと外を歩いたら、二階建ての家が1階部分が潰れて平屋状態になってたり…道が割れて埋立地やからか、砂が出てきてたり、水道管破裂したのか水が出てたり、一瞬でめちゃくちゃになってた…
みな考えることは同じでコンビニにはほとんど何もなく、チョコを買ったくらいしか覚えてない。
家はあんなボロ家だったのに、玄関のガラスが割れて食器が割れたくらいだった。
しばらくして電気だけきたのか、電話が使えて、テレビも見れたんだったかな?
実家から電話があって、地震すごかったなぁ〜大丈夫やったか?と普通な感じで話してた。親はまさかこんなひどいことになってるなんてまだ知らなかったから…私も後で知ったけど。
沢山の友達がうちのボロ家を心配して電話してきてくれた。絶対潰れてるとみんな思ったみたいで。私も神戸に住んでる友達が心配で心配で…でも電話もつながらないし、連絡取れた時はホッとしたな。私の友達はみんな無事で本当に良かった。
この日、私は不動産屋へ新しい部屋の契約をしにお金を持って行く日でした。そんなこと言ってる場合ではなくなった…
テレビでこっちの様子を知った親がまた電話してきて、大阪のおばさんちに避難しな!と。
阪神電車が奇跡的にも甲子園まで動いていて、私と姉は荷造りしてすぐに大阪のおばさんちへ避難しました。
梅田に着いたら……みんな普通。。。何もなかったかのような…普通の生活をみんなしている。
別世界だったな。。。
テレビで徐々に震災の映像が流れる…それで神戸の方はすごいことになっていることを知った。
専門学校は六甲アイランドにあって、六甲ライナーも動かないからしばらく休校なので、私は実家へ帰ることに。
姉は学校があるからおばさんちから通っていました。
実家に帰ってから、不動産屋が震災で潰れてしまったこと、私の担当してくれてた人も亡くなり…まだ産まれたばかりの子供がいると話していたその人…奥さんも子供さんも亡くなられた事を聞き、泣いた。思い出しても涙が出てしまう。
専門学校の同級生も亡くなった。
昨日まで普通に生きてた人が、もういないなんて…こんなことって…
私は知り合いだけど、どんだけの人がかなしい思いをしたんだろう…と考えるだけで泣けてくる。
何年経っても忘れられないわ。
不動産屋は他の店舗が対応してくれて白紙に戻した。大家さんから直接、うちは被害なかったから住めるし、直接契約してくれてもいいよ!と連絡もらったけど、もうこんな状況で引っ越しはやめときな!と親に言われてボロ家に卒業まで住むことになった。
何ヶ月か後に学校が再開。でも六甲ライナーは不通のまま。代替えバスで通学。
しばらくは授業どころじゃないというか、あんまり記憶ないなぁ
震災の日に頑張ってやった課題も提出しないまま終わった気がする。。。バタバタとすぐに卒業になった感じだったな…
震災の日に頑張ってやった課題も提出しないまま終わった気がする。。。バタバタとすぐに卒業になった感じだったな…今思えば…だけど、あの地震がなかったら…って考えたら、あのまま新しい引越し先に引越してたら、モスで社員をする事もなかっただろうし、そしたら今の旦那とのつながりも薄かっただろうし、今の人生はなかったんだな…娘に会う事もなかったんだろうな…なんて。
震災に限らずだけど、過去があっての今の自分の人生なんだなと。
1日1日を大切にって、頭でわかってても、日々あっという間に過ぎていってて、すぐ大切にってのを忘れがちだけど、また改めて考えさせられました。