電磁波過敏症というのは現行のデジタル化社会構想のそもそもの盲点として捉えられるので、誤魔化すべきもの、無いことにすべきものじゃ決してないはずなんですがね。
それというのも、私自身、電磁波過敏症を経験するや、その事がどれだけ生きづらさを露呈するのかが分かりました。通信機器を避けなければならない、距離を取らなくならなければならなくなってくると、急に展開する日常生活上のあまりの生きづらさに打ちのめされました。
正に社会構造の不備。・・・デジタル化により利便を追求するという方面しか追求されておらず、電磁波が健康を害するという観点には極めて無力な文明が構想されてしまっています。
そもそも電磁波が有害だとして、それを避ける、遮断することすら不可能なのですから。細かく言えば、電場は遮蔽できても、磁場を完全に遮蔽するすべを文明は持ち合わせていません。つまり、結局電磁波は漏れてくるのですから完全に避ける事すら出来ないのです。
だから、デジタルって便利で良いものという発想、考え方自体に初めて大きな疑念を抱けるようになりました。
 
余談ですが消磁実験であると判明したらしい、UFO界隈で有名なフィラデルフィア実験についてはこちら↓

 

 

 

どうにも生活自体がたちゆかなくなり、社会的排除も経験しました↓
そうして電磁波過敏症の人には、電磁波問題に身をもって気づく事で、文明観が変わってくるという特徴があります。例えば代表的に分かりやすいのはこのツイートのように↓変わってきます

 

 

私が、これらの観点を応用して宇宙生物的観点から宇宙にある文明について考えるときも、電波文明を高度な文明と判断したり考えていないのは、この電磁波過敏症による文明観の変化によります。
なので、↓のような考えには、人間の文明発展上の都合を押し付けて投影させているだけのような、なんというか非常に発想が乏しいなと思うわけです。
 
 
まあ、私の場合、メカ(機械の仕組み)は好きですから、その観点と電磁波過敏症による文明観の変化と両方の視点から物をみていきます。