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まつすぐな道でさみしい (改)

ジョーサン道の正統後継者。

師匠は訳あって終身刑で服役中…

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 東京ドームに行く前は、わたしも同じように思っていた。


 


 新日本プロレス=アントニオ猪木という世界観で育った来た身としては、ずっと『やっぱ俺、棚橋無理なんだよな』というスタンスのママこの日を迎え、久しぶりに生でオカダが見れるというモチベーションでドームに向かうものだと思っていた。


 しかし数日前、若手レスラーの『平成生まれの僕の中では新日本プロレス=棚橋弘至だったんです』というコメントを目にし、なんだかスっと腑に落ちたというか、納得させられた気がする。


 平成のプロレスといえば武藤敬司を筆頭とした闘魂三銃士の黄金時代こそが平成の新日本だと思っていた。だが武藤、橋本が退団したあとの長く苦しい暗黒期を含め、この時代を支えて来たのが誰だったのか。そう考えたとき、平成・新日本プロレスの象徴が誰だったのか、自ずと答えは見えてくる。


 やはり新日本プロレスは昭和のアントン期平成の棚橋期に分類されるべきなのだ。私はひとつの時代が終焉を迎え、新たな歴史が動き出す瞬間を刻みつけるために東京ドームの席に座った。

 




 

 

 

 とはいえ、久しぶりに生で浴びるレインメーカーのオーラはやはり桁違いだと唸らされる。



 

 

 近年の棚橋はタイツと身体のサイズの不釣り合いが目立ち、「あの肉体で引退を迎えるつもりなのか? 」と危惧する声もあった。しかしこの日の棚橋は引退試合に向けて執念で絞込み、仕上げてきたことが一目で伝わるその姿には、エースとしての矜恃が漲っていた。



 

 巧みに棚橋への声援を煽るオカダのヒールぶりも今や完全に板に付いている。


 もうお終りかと思わせる危ういシーンが何度も訪れる。たがその度に「まだ棚橋はやるべき技を出し切っていないのでまだ大丈夫だ!」という思いでリングへ視線を戻す。


 そんな攻防を繰り返すうちに、試合は30分を超える熱戦に昇華していた。




 終盤繰り出したスリーパーからのPK。そしてギタりからのボマイエ!

 それは棚橋弘至の歴史を振り返る上で外すことの出来ない盟友たちの影だった。ファンの感情を操るあざとさを恥ずかしげも無くさらけ出す棚橋なら、必ず繰り出すだろうと踏んでいた。

 しかし、その再現度の低さには驚愕させられた。想像を遥かに下回る。それこそウルフアロンのハイフライフローをも下回るクオリティに、感動を超え口をあんぐりさせるしかなかった。

 だが、それこそが棚橋弘至なのだ。試合後のマイクで大切な部分を噛んでしまうことすらもスベリ芸としてファンに多幸感を与えてしまう。それこそがこの男の強さでありレスラーとしては無双だ!


 





 33分03秒。最期にファンに見せるべき技をすべて出し切り、ひとつの時代が終わりを告げた。


 深々と頭を下げるオカダ・カズチカの姿を目にしたとき、私の座っている椅子は、東京ドーム一塁側スタンド席ではないどこかに連れていかれたように感じた。




 平成27年11月15日。絶対に交わらないと言われた点と線を結び付け、かつて昭和プロレスに終止符を打った男の手によって、平成プロレスもまた介錯された。


 



 「この引退試合、一度お断りしましたけど、やって良かったなと思います」

というオカダのコメントを聞いて、ふとある妄想が頭をよぎる。


『棚橋さんが本当にやりたい相手は俺じゃなくて、私の兄貴分であるあの男じゃないのですか? 団体間の関係上実現は難しかもしれませんが、まずはあちらにオファーを出してみて下さい。もし叶わぬようでしたら、その時こそ私が棚橋弘至引退試合の対戦相手を務めさせて頂きます』そんなやり取りがあったのであったのではないか、と…


勿論これはなんの確証もない妄想でしかない。だが、それで良いのだ。


目の前の現実と過去の点と線を結び付け、勝手に妄想を膨らませることこそがプロレスファンの無上の喜びなのだから。