神興行
まるで、そこに神が舞い降りたような …
今、自分がその場にいることを神に感謝したくなるような …
その日、その場所に自分が居たことを一生自慢してやろう!
そんな風に思える興行に出くわすことが出来るチャンスは、人生の中でもそう何度も無いだろう。
ましてや自分のような、今では年に2、3回程度しか会場に足を運ぶ機会の無くなったライトユーザーからすれば、そんなチャンスはもう一生ないのかも知れない。そう思っていた。
幸いなことに私はこの日、この瞬間、この空間に居れたことの幸せを世界中で一番多くの人間が共有したあろう、この会場に足を運んでいた。
2015年 11月15日 両国国技館
~天龍源一郎 引退~
革命終焉 Revolution FINAL
最初に断っておかなければいけないが、私は天龍ファンでは無いので、このブログを天龍を賞賛する為に書いているわけではなく、かなり私的な偏った視点で書いている。恐らく殆どの人には共感出来ない内容だと思う。
天龍の思い出に浸っている方には不快な思いをさせてしまうかも知れないことを考慮し、そのような方は他に素晴らしいブログが有るので、そちらを読むことをお勧めしたい。
(参考リンク BSスカパーで天龍引退試合を観た)
(参考リンク 一新紀元~天龍引退、でも革命は終わらない!!~)
この素晴らしいエンディングを迎えた4時間半にも及ぶロング興行だが、正直に言うとオカダ・カズチカと天龍源一郎の試合にしか興味の無い私は、心のどこかで前座試合なんてとっとと終わらせて早くメインを見せてくれないかと思いながらマス席に座っていた。
ニコニコ動画の生中継では川田利明が解説を勤め、第一試合からこんなに長い時間やられてもな~などと毒を吐いていたらしいが、まさにそんな心境だった。
徐々に試合が進むに連れ、懐かしい昭和のレスラー達の顔ぶれや、こんな機会でなくては生で見る事の無かったであろうインディーの選手達、そんなバラエティに富んだメンツが天龍引退に花を添えようと必死に闘う姿に魅入っていた。
これを機に名を上げようだとか、自分の団体に客を引き込もうという意図もあると思うが、各選手が自分の持ち味を遺憾無く発揮する試合が続くことで会場の空気も徐々に暖まり、このロング興行もさほど長いとは感じなかった。
しかし、結論から言うとこの会場を後にする時、私の中ではたったふたつの試合しか印象に残っていなかった。
そう、この神興行に射した光と影。
ニック・ボックウィンクル
第11試合 天龍源一郎引退試合 シングルマッチ
×天龍源一郎(17'27" レインメーカー→片エビ固め)オカダ・カズチカ○
あの日私はこの試合にあるテーマを持って望んでいた。
これは約二年弱時間を遡ることになるのが、私がオカダ、天龍のシングルマッチが実現すると確信した時 …
いや、その時点で私は天龍の腰の状態を知らなかった。正しくはレガさんに天龍はシングルを闘えるような状態では無いんですよ! と教えて貰った時からだろう。
天龍がどんな状態であろうが、オカダ、天龍のシングルマッチは私の中では確定路線であった。ならばオカダの課題はひとつしか無い。
その内容に関しては前にあの例の二人がブログの中で勝手に喋ってしまっているのだが …
(参照 巨人 ⑲ おとぎ話 第二話 さるかに合戦第1部 移民)
動けない天龍を相手にシングルマッチ60分1本勝で、ミスター・プロレスの最期に相応しい試合を成立させ、なおかつ誰もが納得する形で勝利を納めた上で、お疲れ様でした! と、送り出さなければいけない。
天龍引退興行の是非は、すべてはオカダに掛かっていると言っても過言ではないよ。
動けない相手とのシングルマッチでそこまで求めるのは、かなりハードルが高いんじゃないですか?
相手がワルツを踊るならワルツを踊ればいい、ジルバを踊るならジルバを、そして相手が動けないなら、自分が動いて二人で踊ってるように見せろ。チャンピオンならば、そのくらいの技量を身に付けて来い。という、天龍かオカダに課した最後の試練じゃないかな。
しかし、この難問をクリア出来ればオカダは昭和のプロレスファン世代を一気に取り込む事が出来るんじゃないかな。
棚橋達が開拓した現在のファン層に、一旦は離れて行った昭和のプロレスファンを取り込めれば、今のプロレスブームも一過性ではなく盤石のものとなる。
そして、オカダにはそれだけの魅力があると判断したからこそ、天龍はプロレスの未来を託そうとしてるんだと思うよ。
どんな相手だろうと、対戦相手の良さを引き出した上で勝つ。ニック・ボックウィンクルの領域ですね。
ここで先輩の言っている。相手が動けないなら、自分が動いて二人で踊ってるように見せろ。というのはこの試合のことだろう。
(参考動画 ニックvs.ビル)
試合内容に関してはいまさら触れる必要は無いだろう。
このリングで、私は確かにニック・ボックウィンクルの姿を観ていた。
この時点で私はまだ知らなかったのだが、残念なことにこの試合の前日、既にニックは息を引き取っていたらしい。
(参照リンク ダーティ・チャンプ!ニック・ボックウィンクル逝く)
まだ20代の若きチャンピオンは想像を遥かに上回る闘いを魅せ、天龍源一郎を送り出した。
この会場には文字通り神が降りていた。
この若者は昭和のレスラーから沢山の遺産を引き継ぎ、この先それを背負いプロレス界を牽引して行くことだろう。
これがプロレスの過去と未来を繋ぐ光!
ダン・スパーン、北尾光司
ダイニッポン! ダイニッポン!
第10試合 タッグマッチ
諏訪魔&○岡林裕二(18'52" ゴーレムスプラッシュ→片エビ固め)藤田和之&関本大介×
ちょっと順番が逆になるがセミファイナルは、カード発表の時点で諏訪魔と藤田の怒迫力の肉弾戦を見せたい! と、天龍が太鼓判を押したこの日のイチオシカードのはずのだったのだが …
各選手が天龍の引退に花を添えようと平均点以上 … いや、言ってしまえば無難な試合を繰り広げるこの日の興行に初めて射した影。
この二人の見せ場は序盤の睨み合いと藤田のジャーマン、諏訪魔のバックドロップ … 後はトンチキな場外乱闘を繰り返している内に大日本の二人がキッチリ試合を締める。
あ~気持ちいい! もっと言えほら! もっと言え!
試合後マイクを握る藤田に対する強烈なブーイングに続き、藤田のマイクを必死に掻き消すように響く大日本コール。
天龍源一郎の引退興行を単なる大晦日の宣伝くらいに考えていないとしか思えないこの男の態度に、怒りに打ち震えた観客からの明らかな拒絶反応。
(参照リンク アイジーエフ!アイジーエフ!)
あの時と同じだ …
私はこの大日本コールの飛び交う会場で、随分と昔に体験した神興行を思い浮かべていた。
1992年10月23日 日本武道館
格闘技世界一決定戦と名付けられたこの興行では、両国の面汚しと呼ばれ角界を追い出された上に、プロレス転向後も各団体で問題を起こ続け行き場所を無くした元横綱と、プロレスこそが最強の格闘技と謳う人気レスラーが、メインイベントで格闘技世界一の座を賭けて戦うという大一番。
この日、私はメイン以外にもう一つ楽しみにしていたカードがあった。
セミファイナルのタッグマッチ、アマレス仕込みのスープレックスでKOの山を築く売り出し中の化物。この赤鬼の殺人スープレックスを生で見てみたい。
この興行の売りはメインの格闘技戦と、ゲーリーのスープレックスの二枚看板。会場の殆どのファンは私同様、期待に胸を膨らましている。チケット料金の半分はこの為に払ったような物だった。
アレは確か、ダブルバウトと呼んでいたのだろうか? 対戦相手だとか細かいことは覚えていない。しかしこともあろうにこの試合、パートナーのダン・スバーンが試合開始早々相手組に捕まりアッサリと試合が終わってしまう。
殺人スープレックスどころか、ゲーリーは一度もリングインすること無く敗北が告げられる。
金返せバカヤロー!
観客の怒りは不甲斐ないダン・スバーンに集中し、ブーイングの嵐の中彼はリングを後にした。
そんな最悪の雰囲気の中迎えるメインイベント。
試合に先立ちリングでマイクを握るUインター社長は、北尾の要望でこの試合は時間無制限一本勝負から、3分5ラウンドに変更されたことを言い訳がましく観客に説明する。
ふざけんな、バカヤロー!
どんなルールだろうと高田は勝利することを約束すると言っています。という所では歓声が上がったが、何故直前でルール変更の必要がある? フルラウンド終了ドロー? そんな最悪のシナリオが頭の中を支配する中試合は進み、第3ラウンド唐突にエンディングは訪れた。
高田のハイキックに崩れ落ちる北尾 …
1、2 、 3 …
客席はダウンカウントの大合唱。
しかし、この試合でカウント10を数えられることは無かった。
7、8、9 …
、、、、、 やった~!
客席の溜まりに溜まった鬱憤を、たった一発のハイキックが吹き飛ばした瞬間だった。
総立ちの観客が連呼する高田コール。
スポットライトがあたる光の中を、若手選手の神輿に担ぎ上げられファンに揉みくちゃにされながら退場する高田。
この日会場には、確実に神が舞い降りていた。
私はあの日を振り返り何度も考える。
あのセミファイナルでゲーリーのスープレックスが炸裂し、満足してしまっていたとしたら …
予定通り時間無制限一本勝負でメインの試合が行われていたとしたら …
あれ程までに客席は爆発したのだろうか?
世界は聞かないだろう
あの日の僕は、スポットライトに照らされファンがごった返す花道の対角に居た。
スポットライトの当たらない薄暗い花道を肩を落とし歩く敗者の肩を叩き、お疲れ様 … ありがとう。と、そっと声を掛ける。
彼は振り返ることもしなかったし、当然僕の他に誰一人として声を掛けるファンも居ない。
ブーイングすら無く、ファンの視線はすべてスポットライトに集中し、彼はその存在自体すら忘れられていた。
でもあの時、僕はどうしても言いたかった。
だってそうだろ?
彼があんなに分り易い嫌われ者で無かったとしたら …
彼があの日の主役のように、誰もが憧れるスーパースターだったとしたら …
あの瞬間、あれ程までの感動は無かったんじゃないか?
影が有ればこその光。
ダイニッポン! ダイニッポン!
俺はな~年末が楽しみでしょうがね~
あの試合後のマイクは、引退する天龍源一郎をみんなで送り出そう! そんな和やかな会場の雰囲気に水を指し、ブチ壊すモノでしか無かった。
あのマイクを聞いて、年末の大晦日にIGFに足を運ぼうと思うファンは居ないだろう。藤田自身にとっては何のメリットも無い。まったくセンスの無いマイクアピール。
この時点でひとつだけハッキリしていることは、この後行われるメインのリングには、この日の主役が最後に相手をキッチリ仕留め、無様に倒された敗者が肩を落としながらリングを後にするという、光と影の明確なコントラストは存在しない。
敗者の居ない陰影のないリング。
そんな試合を前に、セミファイナルに組まれた彼の試合は天龍やファンの期待に応えるような物では無く、試合後のマイクアピールはファンの怒りを買い会場に大きな影を落とした。
彼はあの日僕の見た、ダン・スバーンや北尾光司の役割をひとり演じていた。
当然、こんな話には誰も共感しないだろうし、世界はなんにも変わりはしない。
相変わらずプロレスファンは藤田のことを、天龍源一郎引退興行を踏みにじったA級戦犯として凶弾し続けるだろう。
例のプロレスファンの代表のような先生は、後日こうも語っている。
きっとこの雑誌が発売されれば、彼へのバッシングは更に激しくなる。
何の影響力も持たない僕が何を言おうと何も変わらない。
でも、これだけは言っておきたい。
俺はこの神興行の立役者のひとりとして、彼に感謝している。
誰もやりたくない、一番嫌な役回りをやってくれてありがとう!
藤田和之
彼の落とした影があの感動のエンディングを演出したと、僕だけは信じている。
お詫びと訂正
文中に出てくるケイリー・オブライトのタッグパートナーは、ダン・スバーンでは無く、マーク・フレミングが正解だったようです!
紫のレガースさんありがとうございます!
m(_ _)m