母の死を通して思ったことです。
日本の葬式は本当に幼い時以来で記憶にある中では初めてなことでした。
一番衝撃的だったのは故人の火葬後の遺骨ですね。韓国では遺灰となるのですが、母の場合は遺骨状態で納骨したことです。
しかもそれを一つ一つ部位を説明を聞きながら納めていったのですが、これをする益となることはあるのだろうかと思ったほど
霊的にみても良くないと感じたことでした。本当に祈りながら納めました。
同時に思ったことは
人間ってやっぱり死を迎えると肉体はちりと化するしかないむなしい存在なんだと思いました。
いつかはちりになる肉体のために何かを持って着飾ることや最高のものを食べたりしていることが果たして本当に幸せなことで後代に言い伝えられる重要な事が残るのだろうかと思いました。
母は私から見て本当に贅沢でわがままな人生を送って来た方だと思っています。良い服を着て、良い食事をして贅沢な生活をしていたはずですが、それが受け継がれるものがなく使い勝手が悪いと感じるものもあり、母の遺品を整理しながら結局残るものは何もないんだなあと実感したときでした。
ですが、そんな衣食住ではなく、母が廃ることなく受け継がれる最高のものを残してくれたのがあります。
それがイエスキリストを信じて天国に行かれたということです。そのことは何一つカスレもなく廃れる事もなく永遠に伝えられていく証しです。本当に感謝なことだと思っています。父にもそのような受け継ぎをしてもらえるように最後まで信仰を守ってほしいとお願いしました。
人間が神様から離れてしまった後に神様が人間に向かって言われた言葉があります。
あなたは、顔に汗を流して糧を得、
ついに、あなたは土に帰る。
あなたはそこから取られたのだから。
あなたはちりだから、
ちりに帰らなければならない。
神様から離れた人間の末です。どんなに頑張って多くの富を得ても土に帰る者なんです。いつかはちりに帰るために自分は今何をしているのか、全ての人に対した神様のメッセージではないでしょうか。