前回の更新から気づけばもうすぐ2週間が経とうとしている…。
7月31日、8月1日の2日間で一人旅に出かけて来ました。
新幹線の中から更新したきり、どこに行ったのかも何してきたのかも何ひとつ続編を更新していなかった笑
写真はたくさん撮ってきましたが、その中でも厳選して載せないと収拾がつかないので特に印象に残ってる数枚を。
今回なぜ広島を選んだか。
これは私が学生の頃から大好きで読んでいる大切にしたい小説作品にも出てくる舞台、聖地巡礼も兼ねてるからです。
とは言え、単純に広島は未踏の地だったのでいつか行ってみたいとずっと思ってたんですよね。
そして初めての土地なので尚更、事前準備というか下調べをしっかりして現地での移動手段も楽しみにしてました。
新幹線を降りてから最初の移動は市電(広電)!
タイミングが良かったのか悪かったのか、8月3日から広電のホームが広島駅の2階に切り替わるという、新しくピカピカのホーム(でも開業前だから当然動いてない)と現行で動いてる広電の乗り場が一体どうなってるのか分からず、少しうろついたところで潔くインフォメーションセンターに駆け込みました笑
(その写真はまた後日別記事で)
最初に向かったのは原爆ドーム。
写真やテレビでしか見たことがなかった。
私は岐阜県民で、昭和生まれといえども世代としては全く戦争を知らない。でもいつか、日本人なら自分の目でちゃんと見ておきたいなと漠然と思っていたので今回行けて良かったです。
想像していたよりも建物は小さかった。
現代の高層ビルのサイズ感が当たり前になってるから余計でしょうか。(私が住んでるのは岐阜の田舎なので高層ビルはないですが)
とても天気が良く、きれいな青空に映える原爆ドーム。
思わず耳を塞ぎたくなるほど力いっぱい鳴いているおびただしい数の蝉。
この建物が綺麗な姿だったあの日の夏も、こんなふうに何気なく人々が生活してる中、突然何もわからぬままあらゆるものが奪われてしまったんだなと思うと、こんな炎天下の中でもゾッと寒気がするような感覚になりました。
今年、とあるSNSでこの原爆ドームの前で元気にピースサインをして写ってる人たちの写真が話題になってるのをチラッと見かけました。
「不謹慎だ」
という声もある中、「いやいやこの場所でこんなににこやかに写真が撮れるほどの平和が尊いんだよ」みたいな逆の意見が見られたのがやたら心に残ってます。どちらの意見もわかる。
地元の幼稚園の子どもたちが列を作って先生方に引率され、公園に散歩に来てる可愛い姿にも遭遇しました。
一人の高齢男性教諭がみんなを集め、「ここに書いてあることを今から読むから聞いてね〜!」って、ゆっくり丁寧に石碑に刻まれた言葉を読み上げるのを、おそらく「なんのこと??」って意味もわからず聞いていたあの子どもたち。わからずとも、あんな小さな頃から原爆、戦争について触れる機会が日常にあるというのはヒロシマと言う土地柄だなぁとしみじみ思いました。
学校や今の情報社会の中で、SNSやメディアを通していくら知識を得たとしても経験のない私たちには想像の世界でしかない。
こちらは「原爆の子の像」
佐々木禎子さんの存在を知ったのは私が小学6年生の頃でした。
とても不思議な出会いだったんですよ。
私は子どもの頃から絵や漫画を描くのが好きだったのですが某雑誌で12ページくらいの同年代の女の子が描いた漫画が掲載されていたんです。
その題材が佐々木禎子さんだった。
ストーリーの内容はすでに記憶にないのだけど、現代の少女が「禎子ちゃん」と出会って夏休みに一緒に遊んだりしてたような…。
物語のラストで実は一緒に遊んだその少女は広島で被爆し、白血病で亡くなった佐々木禎子さんだったんだと知る内容だったと記憶してます。
そんな漫画を同い年の女の子が描いていた事も衝撃だったし(絵もうまかった)実在していた人物だったと知って驚いたんですよね。
思春期に影響や衝撃を受けたものは大人になっても心のずっと深いところにしっかり刻まれていて、事あるごとに思い出したりする。
今回の原爆ドーム、平和記念公園での時間はまさに貴重な時間でした。
私が原爆ドームに到着したのは午前10時くらい。
そこから炎天下の中のんびり散策したり写真を撮ったり。
そしてしっかりとお祈りしてきました。
少し時間をおいて同じ場所を見たら行列ができていたのでタイミング良かったな。
あまりの暑さに危険を感じたので視界に入ったカフェにて水分&糖分を。
クールダウンするのに時間がかかりました。
そして写真は撮ってないですが平和記念資料館にも行ってきました。
原爆ドーム同様、日本人であるならば一度は自分の目で見ておきたい。
覚悟は決めて行ったものの実際目にしたら言葉なんて出てこないですね…。
写真、絵などのパネル展示、当時そのままの実物の展示品(遺品)、あの時代を生きた人々の悲痛というにはあまりにも痛々しい言葉の数々。
たった一言が胸を抉る。
それらを読んでいくうちに涙が溢れてきました。
あまりにもしんどい。
想像力をどれだけ総動員しても無理なんですよ。
経験した人じゃないとわからない。
けれど、決して同じ経験なんかしちゃいけない。
夏休みな事もあって本当にたくさんの人がいました。
親子連れも、夫婦も、カップルも、外国人観光客も。
資料館の中は撮影OKだったようで、みなさん思い思いにスマホやカメラを向けて写真や動画を撮っていたのだけど私はとてもそんな気分にはなれず、しっかりと自分の目に焼き付けてきました。
惨たらしい記録写真、多くの遺品たち、戦時下の中でもあった笑顔。
それらを写真に撮って旅から帰って家族に見せたとしても、それは何か違う気がしたんですよ。(あくまで私個人の思いです)
そして印象的だったのは外国人の方々が音声ガイダンスをレンタルして一生懸命に丁寧に見学されてた姿です。
1945年8月6日午前8時15分。
死者14万人、負傷者7万9130人。
そしてもうすぐ迎える8月15日終戦記念日。
あれから80年。
たくさんの犠牲のもとにある今の平和をずっと大事にしていかないといけないなと痛感した空間でした。
行けてよかった。
これからも平和な日本でありますように。




