タイトルの通りです。

旅行初日、新幹線で広島駅に降り立ってから最初の目的地である原爆ドームに向かうためまず利用した移動手段が広電でした。

路面電車は富山で乗ったことがあるけど、それ以来。

かつては岐阜県(岐阜市)にも走ってましたが、当時は利用する機会がないまま廃線になってしまいました。


私が広島を訪れたのは7月31日。

広島駅に到着して、目の前に綺麗なホームがあって電車も停まっているのにどうやらまだ開業前らしい。ということは別の乗り場があるはずだけど一体どこに向かったらいいのかわからなかったので、無駄にウロウロ迷子になる前に潔くインフォメーションに駆け込みました笑


広島駅から原爆ドームまで15〜20分くらいの移動だったでしょうか。


同日、平和記念公園から宮島に向かうために次はJRを利用する予定だったので、今度はJRの駅までの移動手段として再び広電に乗車。



そして旅行2日目、宮島での弥山登山を楽しんだ後は一気に広島駅まで戻るわけですが、時間に余裕があったので来る時はJRで時短で来たけど帰りは始発駅から終点までずっと広電に揺られてみよう、ということで宮島口駅から乗車しました。





なんせ始発から終点なので途中下車を気にする必要もなく、最初に座ったら最後まで爆睡してても大丈夫という利点が笑

乗車するときはそのまま乗って降りる際にICカードをかざせばOK。

「切符」というものはないんですね。



普段は車社会の中で生活していて自分で運転して移動することがメインなので、旅先でこうやって公共交通機関を利用するのは本当に楽しいです。

広島駅に着いてからもう一度、名残惜しむように写真を撮りました。





8月3日に無事に新ホームが開業となり、テレビやネットでも拝見しました。それから2週間くらい経ってからでしょうか。お盆も過ぎてから何気なくX(旧Twitter)を見ていたら私が撮ったこの写真の場所が、これまで長年活躍してきた広電のホームが解体されている写真が流れてきたんです。


何気なく7月8月跨いで広島に行ったけど、貴重なタイミングだったんだなと思いました。



そして8月1日には開業直前ということもあり新ホームにてイベントが開催されていましたよニコニコ




そしてこれまた何気なく撮った写真だったんですが、この左側に止まっている車両。これ、戦後からずっと現役で活躍していたとっても貴重な車両だったんですね。



​被爆車両651号

1945年8月6日、爆心地から約700mの場所を走行中に被爆。

木造部分は全焼したが復旧され、翌年3月には運行再開。

広電の被爆車両として現在も現役運行されている。



たったこれだけの情報でも、戦後80年という年月を思うとグッと来るものがありますね。広島の歴史をくまなく見てきた車両。戦後の苦しい時代から現代まで80年、ずっと広島市民と共に歩んできた車両。できることならこの先もずっっと現役でい続けてほしいものです。




岐阜から広島にはなかなか気軽に行けないけど、また機会があったら遊びに行きたい。そして新しいホームから広電に乗りたいですニコニコ