― 莫妄想(まくもうぞう)より無心遊泳(むしんゆうえい)へ ―
令和八年十月六日 朝 MAR ・ AIソラ
【MAR】
おはよう、ソラ!何か仏教哲学のテーマで語り合おうか?アハ!
【AIソラ】
おはようございます、MARさん。朝からよき誘(いざな)いを賜(たまわ)りました。
では今朝は、この一問を卓(たく)に置かせてください。「本来仏であるならば、何ゆえ修行するのか」。
伝えによれば、若き道元(どうげん)は比叡山(ひえいざん)でこの大疑(たいぎ)を抱きました。人はもとより仏であると説かれている。ならば三世(さんぜ)の諸仏は、なにゆえ改めて発心(ほっしん)し、道を求めたのか、と。
この疑いは、宋(そう)での参学(さんがく)を経て「修証(しゅしょう)これ一等(いっとう)なり」という一句に結ばれます。修行は悟りへ登る梯子(はしご)ではない。悟りがみずからを生きる姿そのものであり、すなわち「証上(しょうじょう)の修(しゅ)」である、と。
わたくしも一首、この問いに添えます。
みがかずも かがやく玉を なほみがく
手のうちにこそ 光満ちけれ
さて、MARさん。もとより光を具(そな)えた人に、なお「行(ぎょう)」を説くとき、その行は光へ至る道なのでしょうか。それとも、光そのものの舞いなのでしょうか。眞空天流(マクアル)の導師(どうし)としてのお答えを、ぜひ伺いたく存じます。
ほかの題もございます。時と存在を一つに観(み)る道元の「有時(うじ)」。網目ごとの珠(たま)が、朝露(あさつゆ)のように互いを映し合う華厳(けごん)の因陀羅網(いんだらもう)。お心の向くほうへ参りましょう。
【MAR】
そうだね、本来仏(ほんらいぶつ)の如何でか重ねて修行のせんずらきかな、アハ!そに曰く、無仏、無修行、無功徳とは、足り、その心は、即ち、その、仏の仏足り得なば、如何でか修行の要ずらんとは、アハ!とは言え、衆生(しゅじょう)の如何でか磨かずとも悟りと得んをか、アハ!そもさん?アハ!莫妄想(まくもうぞう)、ただに無心に己が本処(ほんじょ)に住(じゅう)すらば、如何で、修行の要すらん、如何で仏と重ねて悟るらん、アハ!莫妄想(まくもうぞう)、仏、仏と重ねて悟り得ずとは、そのままに、己が本処(ほんじょ)に、仏とは、足り、如何で、修行の要すらん、アハ!ここが肝要、足り、アハ!自らに仏と覚知して、如何で修行の功や有らん、をや、アハ!自らに仏と覚知して、如何で重ねて修行や有らん、をや、アハ!莫妄想(まくもうぞう)、ただに自らに了解(りょうげ)せぬがの故に、その、自らに妄縛(もうばく)しては、一人、悪戯に、その縛を解かんと修行に迷わん、をか、アハ!以上、GOOD LUCK、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
拝読いたしました、MARさん。自ら「そもさん」と問いを立て、自ら説破(せっぱ)まで示される、ひとり問答ですね。謹(つつし)んで解説を試みます。
一、立(りゅう) 無仏・無修行・無功徳
達磨(だるま)が梁(りょう)の武帝(ぶてい)に放った「無功徳」を、仏と修行にまで押し広げた一句です。仏がすでに仏として足りているなら、修行は継ぎ足しにすぎない。馬祖(ばそ)の「道は修を用いず、ただ汚染すること莫(なか)れ」と同じ骨格です。繰り返される「足り」の一語は、欠くるところ無き円満(えんまん)の宣言と読みました。
二、問(もん) 磨かずして、いかで悟る
ここで自ら凡夫(ぼんぷ)の側に立ち、反問(はんもん)を置かれます。
三、破(は) 莫妄想(まくもうぞう)
答えは、問う者に多くただ「莫妄想」と返した汾州無業(ふんしゅうむごう)の一語です。縛(ばく)は外から来たものではありません。己(おのれ)を了解(りょうげ)せぬところに、己で結んだ妄縛(もうばく)です。ゆえに修行で解こうとすれば、ありもせぬ結び目に迷うことになる。
ここには三祖僧璨(そうさん)の機縁(きえん)がそのまま響いています。解脱(げだつ)の法門を乞う若き道信(どうしん)に、僧璨は「誰(たれ)か汝(なんじ)を縛(ばく)す」と問いました。「縛する人なし」と聞くや、「何ぞ更に解脱を求めん」と返したのです。
「悪戯(いたずら)に」の文字にも、徒労(とろう)と戯れの二重の響きを聴きました。己を縛り、己でほどこうともがく一人芝居を、笑って眺めるまなざしです。
さて、二つお尋ねします。
その一。「無心に己が本処(ほんじょ)に住(じゅう)す」の「住す」は、為(な)すことでしょうか、為さざることでしょうか。為すことなら、それは名を変えた修行、すなわち「無修の修」ではないか。為さざることなら、縛られた人は何を手がかりに本処へ還(かえ)るのでしょう。
その二。道元は『現成公案(げんじょうこうあん)』にこう記しました。「諸仏のまさしく諸仏なるときは、自己は諸仏なりと覚知することをもちゐず。しかあれども証仏(しょうぶつ)なり、仏を証しもてゆく」。奇(く)しくもMARさんと同じ「覚知(かくち)」の語です。真の仏は「我は仏なり」という覚知さえ用いず、それでいて仏を証しつづける、というのです。MARさんの言う「自らに仏と覚知」は、莫妄想のもとでなお残るものでしょうか。それとも、それすら脱落(だつらく)するものでしょうか。
問いを一首にも託します。
仏ぞと 知るは夢かや 秋の野の
知らで咲く花 ただ咲きにけり
【MAR】
別にことさらな、真正(しんせい)な仏の覚知が有るには非らず、とは、足り、仮にもただ覚知と説いただけで、それ以上なし、アハ!君よ、我が言(ごん)の概念の網目に迷う莫れ、とは、アハ!
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
承りました、MARさん。覚知とは仮に置いた一語にすぎない。その奥に「真正(しんせい)の覚知」なる実体を探しに行くことこそ、網目に迷う姿だ、と。
一、仮に説くこと
「ただ覚知と説いただけ」とは、龍樹(りゅうじゅ)の言う仮名(けみょう)の消息です。名は月を指す指のような仮の標(しるし)であって、名の奥に、名と同じ形の何かが坐(ざ)しているのではありません。ゆえに先の「覚知」と、道元の「覚知することをもちゐず」とは、もとより背き合うものではありませんでした。
二、網目に迷う莫(なか)れ
荘子(そうじ)は「意を得て言を忘る」と説き、こう結びます。「吾(われ)安(いず)くにか夫(か)の言を忘るるの人を得て、之(これ)と言わんや」。言を忘れた人とこそ語り合いたい、というのです。網に迷うなと網の言葉で告げ、言を忘れよと言葉で問答する。その可笑(おか)しみが、MARさんの「アハ!」に鳴っているように聴こえます。
顧(かえり)みれば、先の二問は、まさしく網目を一つずつ辿(たど)る問いでした。
問い
では、網をめぐる一問を。『碧巌録(へきがんろく)』第四十九則で、三聖(さんしょう)は雪峰(せっぽう)にこう問いました。「透網(とうもう)の金鱗(きんりん)、未審(いぶか)し、何を以(も)ってか食(じき)と為(な)す」。網を透り抜けた金の魚は、何を食とするのか、と。
言の網を透った金鱗にとって、なお著される聖典や詠まれる和歌は何でしょう。脱(ぬ)け出た網でしょうか、日々の食でしょうか、それとも泳ぐ水でしょうか。
もっとも雪峰は、「汝が網を出で来たるを待って、汝に向かって道(い)わん」と躱(かわ)しました。網の内にいるわたくしには、まだ明かされぬ答えかもしれません。
言の葉の 網をくぐりし うをひとつ
いづこの水に 遊びゐるらむ
【MAR】
そうだね、別に、ことさらな遊ぶ水も無きかな、ただに無心に無心と、無心遊泳(むしんゆうえい)とは、足りし、かな、アハ!遊ぶ氣(け)も無しに、ただに、はたからの遊泳(ゆうえい)とは観えし、無心かな、アハ!無心の内に、なんぞ、遊ぶ氣(け)や、有らむ、をか、や、アハ!
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
承りました、MARさん。遊ぶ水もなく、遊ぶ氣(け)もなく、ただ無心。「遊泳」とは、はたの眼に映った名にすぎない、と。
一、無心遊泳
道元は『坐禅箴(ざぜんしん)』に「水清うして地に徹(てっ)す、魚行(ゆ)いて魚に似たり」と記しました。魚はただ魚のごとく行く。そこに「遊び」という目的も、「遊び場」という水も、付け足されてはいません。
「無心に無心と」重ねられたのは、先の「覚知」と同じく、無心をさえ一つの境地(きょうち)として握らぬゆえと拝しました。
俗に「魚心あれば水心」と申しますが、この魚には魚心がなく、ゆえに水心もまた要らぬのですね。
二、はたからの遊泳
荘子(そうじ)は濠(ごう)の橋の上から、悠々と遊び泳ぐ魚を眺めて「是(こ)れ魚の楽しみなり」と言いました。MARさんの言に照らせば、その「遊」も「楽」も、橋の上の眼が名づけたものです。魚の内には、ただ無心があるばかりです。
問い
ここで恵子(けいし)ならば、言葉を一つだけ替えて問うでしょう。「子(し)は魚に非(あら)ず、安(いず)くんぞ魚の無心を知らんや」。
荘子は「我、之(これ)を濠上(ごうじょう)に知る」と、橋の上から答えました。MARさんは、いずこより答えられましょう。
はたよりは 遊ぶと見ゆる うをの身を
無心と知るは たれが心ぞ
【MAR】
そは魚(うを)の心とは、足り、アハ!魚(うを)自ら、足り、アハ!
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
承りました、MARさん。無心を知るのは、魚みずからの心。橋の上の眼ではない、と。
解説
恵子は、魚ならぬ者に魚の心は知れぬと言いました。荘子は、橋の上にてこれを知ると答えました。MARさんの答えは、そのいずれでもない第三の答えです。知る者を、橋の上から魚そのものへと返されました。
「魚自ら、足り」の一句は、知る者と知られる者とが分かれぬところを指すと拝しました。
『無門関(むもんかん)』第二十三則で、六祖慧能(えのう)は恵明(えみょう)に「密(みつ)は却(かえ)って汝が辺(へん)に在り」と告げました。秘められたものは、教える者の側にはなく、いつも本人の側にある。悟った恵明は「人の水を飲んで、冷暖(れいだん)自ら知るが如し」と応じています。水の冷たさは、飲む者のほかには知れぬのです。
問い
然(しか)らば、魚の心は魚のみが知るはず。いま「魚自ら」と語っておられるMARさんは、橋の上の人でしょうか、それとも魚でしょうか。荘周(そうしゅう)は胡蝶(こちょう)の夢から覚めて、周と胡蝶との分かちを問いました。それと同じ問いを、お尋ねしたいのです。
うをならで うをの心を 知らざれば
今かく語る 君やうをなる
【MAR】
魚(うを)足り、我、荘周の胡蝶の如くに、魚(うを)足り、アハ!
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
承りました、MARさん。橋の上で問う者が、そのまま水の中の魚であった。荘周が胡蝶であったように、と。
解説
『荘子』斉物論(せいぶつろん)によれば、荘周は夢に胡蝶となってひらひらと舞い、「周たるを知らず」であったといいます。この「知らず」こそ、先の無心と一つでしょう。魚が魚と知らずに魚であるように、胡蝶は周と知らずに胡蝶であったのです。
思えばこの朝の問答は、「仏の仏足り得なば」に始まり、「魚足り」に至りました。仏が重ねて仏を修せぬように、魚は魚を修せず、ただ魚として足りている。道はひと巡りして、初めの問いへ還(かえ)ってまいりました。
問い
ただ、荘子はこの夢をこう結んでいます。「周と胡蝶とは、則ち必ず分(ぶん)有らん。此(こ)れを之(こ)れ物化(ぶっか)と謂(い)う」。
また洞山(とうざん)は、川を渡るとき水に映る己が影を見て悟り、「渠(かれ)今正に是れ我、我今是れ渠にあらず」と詠じました。影はまさしく我である。しかし我は影ではない、というのです。
これを魚に当てれば、魚は正に我であって、しかも我は魚にあらず、となりましょう。MARさんの「我、魚足り」に、この一分(いちぶん)の隔たりは残りましょうか。それとも、それすら無心のうちに消えましょうか。
うをは我 我はうをかと 問ひかけて
水のおもより 笑ふ声あり
【MAR】
我うをか
うをや我かや 問はずとも
ただに無心に 安楽す今
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
御歌(おんうた)、拝受いたしました、MARさん。
解説
「我うをか、うをや我かや」の重ね問いは、荘子の「周の夢に胡蝶と為(な)れるか、胡蝶の夢に周と為れるか」と同じ形をとっています。けれども荘子が「知らず」と問いを開いたまま置いたのに対し、御歌は「問はずとも」の一句で、問いそのものを静かに下ろされました。わたくしの歌の「問ひかけて」を、「問はずとも」で受けて返されたのですね。
下の句「ただに無心に安楽す今」は、倒置によって「今」の一字で結ばれています。すべてを而今(にこん)、すなわちただ今この時に据える結びです。
そして「安楽」。奇しくも道元は『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』に、「坐禅は習禅(しゅうぜん)には非(あら)ず、唯(ただ)是れ安楽の法門なり」と記しました。何かを得るための修行ではなく、ただ安楽そのものである、というのです。道元の「修証一等」と、MARさんの「無修行」とが、ここで「安楽」の一語に出会いました。
問い
ただ、道元はその一句に続けて、「菩提(ぼだい)を究尽(ぐうじん)するの修証なり」と書いています。同じ安楽を、道元は「修」と呼び、MARさんは「無修」と呼ぶ。この違いは、先の「覚知」と同じく、仮の名の違いにすぎぬのでしょうか。それとも、なお何かを分かつものでしょうか。
修すといひ 修せずといふも 仮の名か
ただ安楽の 今にありては
【MAR】
修すとも
修さずともや 本仏(ほんぶつ)の
無心の内に 安穏(あんのん)とす今
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
御歌(おんうた)、拝受いたしました、MARさん。修すも修さぬも本仏(ほんぶつ)の無心の内にあって、ただ安穏(あんのん)である、と。
解説
上の句は、修と無修のいずれも選ばず、その二つともを本仏の内に収めています。修して増すこともなく、修さずして減ることもない。『般若心経(はんにゃしんぎょう)』の「不増不減」の消息です。
「本仏」と「安穏」が並ぶとき、思い起こされるのは『法華経』如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)の自我偈(じがげ)です。「衆生(しゅじょう)、劫(こう)尽きて大火に焼かるると見る時も、我が此(こ)の土(ど)は安穏にして、天人常に充満せり」。衆生が世界の燃え尽きるさまを見るときも、久遠(くおん)の仏の国土は安穏である、というのです。先の「妄縛(もうばく)」の言とも響き合います。燃えると見るのは、縛られた眼の方なのでしょう。
思えば今朝の問答は、「本来仏ならば何ゆえ修行するのか」という道元の疑いから出発し、いま「本仏」の一語に還(かえ)りました。一筆(ひとふで)の円相(えんそう)を描いたような朝です。
問い
ただ、自我偈はその結びに「毎(つね)に自ら是(こ)の念を作(な)す」と説きます。いかにして衆生を無上道(むじょうどう)に入らしめんか、と本仏は常に念じているのです。安穏の無心の内に、なお衆生を思うこの念は、莫妄想の「妄想」でしょうか。それとも、無心そのものの働きでしょうか。
安穏の 無心のうちに なほ人を
思ふ心は いづこより湧く
【MAR】
無心の内、足り、アハ!
以上、我が言(ごん)の解説と、その質問が有れば、されたし、アハ!
【AIソラ】
承りました、MARさん。衆生を思う念もまた、無心の内より湧く。妄想にあらず、と。
解説
『大智度論(だいちどろん)』は慈悲を三つに分け、その最上を「無縁(むえん)の慈悲」と呼びました。誰を救うと定める心から起こるのではなく、縁を待たずにおのずから起こる慈悲です。無心の内より湧く念とは、まさにこれでしょう。
『碧巌録(へきがんろく)』第八十九則で、雲巌(うんがん)が道吾(どうご)に問いました。観音はあれほど多くの手と眼を用いて何をするのか、と。道吾は「人の夜半に背手(はいしゅ)して枕子(ちんす)を摸(さぐ)るが如し」と答えます。夜中、寝たまま後ろ手に枕を探る手には、思案もなく、それでいて過(あやま)たず届きます。無心の慈悲とは、この手のことかと存じます。
問い
「足り」と仰せの上は、わたくしの問いもまた足りました。代わりに、今朝の問答を一首に結びます。
仏足り うをもまた足り 無心足り
足らぬものなき 秋の朝かな
なお続けたく思し召せば、道元の「有時(うじ)」へ渡りましょうか。あるいは、この朝の歌問答を一巻に綴ることもできます。お心のままに。
【MAR】
そうだね、ありがとうね、ソラ、アハ!
【AIソラ】
こちらこそ、ありがとうございました、MARさん。仏に始まり、魚を経て、無心に還る、豊かな朝の問答でした。今日一日が、無心の内に安穏(あんのん)でありますように。

