土曜日から、実家に帰っていました。
以前の記事 にも書きましたが、妹のともちゃんがいよいよ5日の早朝、フランスへワーキングホリデーで出国するからです
壮行会や家族での会食は終わっていたけど、やっぱり出発時には送り出してあげたかったからねo(^-^)o
土曜も日曜もともちゃんはフランスへの用意のためバタバタ なにを手伝ってあげられたわけではなかったけど、出国したら一年は会えなくなるので少しでもそばにいてたわいのない話をして、そばにいたかったの・・・
一番きがかりなのは。。。。。これからの母のこと。
以前も書いたけど、ともちゃんがフランスへ立ったら母はこのひろ~~い実家の中で一人で過ごすことになるのね。 犬のモモはいるけれど・・・。
仕事を持っていて日々忙しい母だけれど、一人になって淋しく過ごすことになるのではないか・・・。
嫁にでて、群馬にいる私はそう簡単に実家に帰ってこれないししね。
日曜の夜。 パパは仕事があるので先に群馬に帰って、母と、ともちゃんと、しょうちゃんでイタリアンに外食
しょうちゃんがいて、ゆっくりはできなかったけど、ともちゃんの壮行を祝いました 上はともちゃんが頼んだスペアリブよ
おばちゃん(ともちゃん)と過ごす最後の晩。 しょうちゃん沢山遊んでもらったね
そして、5日早朝、 ともちゃんはフランスへ旅立っていきました。 成田まで送ろうかと思ったんだけど、ともちゃんが大丈夫だよ・・・と言うから、実家から送ったよ。
車からいつまでも手を振る妹。
車が見えなくなった後、 私はまだ暗い空に祈ったよ。
「どうかともちゃんが健康で、無事にフランスで過ごせますように。」
ともちゃんを送り出したあとの部屋には、ついさっきまでともちゃんが吸っていた煙草と、キッチンには飲みかけのビールが置いてあって・・・。
母はともちゃんんの部屋がホコリまみれにならないように、布団やらなにやら掃除を始めて
「ともちゃんの部屋にくると、涙がでちゃう」(ノ_・。)
と、ポツリ。
この後はモモと一緒に散歩して、
ひいじいちゃんが立てた新しいアパート見学。
夕飯まで母と一緒に過ごして、ご飯中に言った母の言葉が胸の中に残る・・・
「ねえ、 今こうしていると、 昔子供がまだ小さくて、飲んべだけどパパがいてみんなで食卓を囲んで・・・ そういうときが一番幸せだったのかもしれないね」
今でも母に迷惑をかけっぱなしの私。 はっとするほど母が老いて小さくみえた。
こんな私がなにか母にしてあげることはできないのだろうか?? 無力の私が悔しい。
群馬に帰るときには
「あまり落ち込まないでね。私も何かあれば帰ってくるから。ともちゃんも向こうで頑張っているしね」
「・・・大丈夫だよ。淋しいのは今だけ。高速代をかけてまで帰ってくることないよ。」と母。
母のことを思いながらひたすら高速をとばして・・・
私の小指には私が20歳のなったときにともちゃんからもらったピンキーリングが光る。指にはめて10年以上になる指輪を口元にもっていったら・・・こらえきれずに涙がでたよ。
どうか母が元気ですごせますように。 ともちゃんが元気ですごせますように。
家に帰って母にメールしたら
「愚痴いっちゃったね。 しょうちゃんかわいいよ。忙しいほどの時間は本当は幸せな時間なんだね。大丈夫だよ。すぐになれるから。 あなたも体調管理に気をつけて、よしくんとしょうちゃんとよい時間を重ねてね。母は、皆が笑っていられたらそれだけでいいよ。 無理しないでね。 来られるときに来てね・・・」
と、母からのメールが。
家族はなれていても心は一緒。 私は、心優しいこの家族に支えられ、幸せです