今日は比較的落ち着いている。 最近気持ちのアップダウンが激しいというか・・ 疲れて昨日は22時には寝たけど、しょうちゃんは鼻詰まりで何回も起きるしやっぱり寝不足だ。


昨日の排便回数  6回


昨日の午前中は便意は強かったものの排便にはいたらないことが多くて、出ないほうがつらいよ・・・ こんなんで今日はお疲れモード。しょうちゃんはさっきお昼寝に突入。



大分前の11月のママの誕生日に、ママが手術を受けた病院で、「笑い療法士」の講演会にいったことを思い出した


なんなんだ、笑い療法士って・・?? でもとりあえずあの頃は今と比べると体調もあまり良くなく気分も停滞気味だったから、お笑いでもみてちょっとでも笑えればいいかって、パパとしょうちゃんと行ったんだ。



講演するのは病院のK先生だった。がんなどの緩和ケアチームにも入っている先生だ。



あれ、お笑いじゃないのか・・・??えっ



なんでも「笑い療法士と」いうのは「お笑い療法士」ではないということ。 笑い療法士とは自然の笑いを引き出すことによって患者さんたちの自己治癒力を高めたり、健康な人の発病予防をサポートする目的で作られたんだって。


会場には沢山の患者さんもいた。・・・中には点滴を引きながら車椅子で来る人も。


「みんなで笑って元気になろう」をテーマに話はすすめられた。



K先生は見るからに穏やかで患者さんも先生をも和ませるムードだった。先生の話はスラスラ呪文のように頭の中に入っていき、そして気づけば会場内は柔らかな笑いに満ちていた。



「同じ生きるならしかめっつらで生きるより楽しく笑って過ごす方がいいじゃないですか」



「笑い療法士のモットーは、1日5回笑って、1日5回感動する。」


たとえばどんな小さなことでもいい。朝起きて、太陽が照って気持ちいいな。とか、今日はご飯が美味しいなとか・・・。 こういう毎日を過ごすことが出来ればきっと日常のなかに笑いと、気持ちも余裕もでて、朗らかな気分になるだろうと・・。  ・・ああ、これは自分の解釈だけどね。 それで自己免疫力も上がるだろうし。




「何気なく生きている今日という1日は、昨日亡くなった人が切実に生きたいと願った1日である」




・・・全くその通りだと思った。 何ヶ月かまえ、 「死」 という問題に直面した私は、朝無事に生きていることを確認し、しょうちゃんが隣で笑っていることをいとおしいと思い、パパのやさしさが本当にありがたいと思い・・・。 「死」を意識しなければきっとこんなことは思わなかったに違いない。 ただ、生きている。 青い空がある。 みんながいる・・・それだけでいいじゃん。 ・・生きたい、生きたいと何度も祈って・・・。



会場では感激して泣いている患者さんもいた。 いい話をありがとうと。 


毎日の生活の中でいろいろな人たちと接し、いろいろな人とすれ違う。 ああ、この人は幸せそうでいいなとか、綺麗だからいいな、とか金持ちでいいな、とか勝手に思っていたけど。


隣の芝生は青く見えるというのはそういうことで、みんな言わないだけで、きっとつらい思いや、大変な思いをもって毎日生活しているのだろう。 会場にも、見るからに元気そうな人は沢山いる。でもこの人だってもしかしたら「死」という問題に直面している人かもしれない。


みんな悩んでいる。みんな笑っている。だからみんな一緒。少しでも私だけつらいなんて思うのは単なるエゴだ。



頑張らなければ。 つらくても少し弱音をはいて泣いてすっきりしたら、またママは頑張るよ。



忘れてはいけない初心。 しょうちゃんの寝顔をみて再確認。