厳しい目ってなんだ?(お怒りモード) | モンテなつぶやき

厳しい目ってなんだ?(お怒りモード)

※コメント書いていただくのは勝手ですが、レスは致しません。ご了承ください。



今日は勝手気ままなつぶやき。

批判記事です。コメント書いても承認してくんねえから。


関係ない人は無視してよろしい。



一体、厳しい目でサッカーを見るってなんだ?


戦力差、戦術、相性、コンディション、ホームかアウェイか、選手の調子・・・。

その時々で変化する条件のなかで、的確な目で分析して、自分の考えで厳しい提言をするならいいとして。


ただ自分の感情のおもむくままに怒り、罵り(味方ではなく相手をも)、嘆く。

小学生でももうちょっと考えて行動するわ。


厳しい目というのは愛があってこそだと思うが。

セルジオ越後が好例。

批判こそすれ、それはすべて日本サッカーを愛するがゆえ。



敗戦に何も見出せない人間に成長の余地はないと思っている。

物事を0か100かでしか捉えられない人生。

大いに損している。


失敗から学ぶこと。

人生において重要なことであるようにサッカーでもおなじことのはず。

学んでないから結果がでないわけじゃない。


上に挙げた諸条件がほぼ劣勢の状況で相対するわけだから。


それらの条件がうまくイーブンになって、ほんのたまに運が勝敗を左右することもあろう。

それがすべての勝ち負けが運に左右されているかのような言動、行動。

断じて許しがたい。 


すべての結果をツキのある、なしで判断する行為は、プレイしている選手に対して失礼このうえない。


不幸にもそれが人生観だとしても、それを周りが不快に思っている以上、自分の考えの発信の仕方を考えるべきじゃねえのか?


自分が自分にする評価と周りが自分にする評価っていうのは食い違ってしまうもんだが、えてして周りの評価のほうが的を射ているもんだ。

「おれはそんなんじゃない」と思っていようが、社会の中で生きていく以上、周りが自分にする評価に耳を傾けて、その評価が自分の思っている評価とマイナス面にギャップがあるのであれば、そこを改善しようとするのが人として真っ当な道だろうが。



別にサッカーを見るのは勝手。金払ってんだから。

だが、そんな奴にそれを語り、ましてや批判する権利なんぞねえ!