徒然なるままに看護教員

徒然なるままに看護教員

看護教員の日々を綴っています

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相変わらず実習指導中です。


先週の事です。現在担当している学生、初日の顔合わせの時からなんか違和感。


なんだろ?


なんか~「はい、はい、はい」って素直なんかな?


いや~違うな?


なんだろ?


しばらくすると気づきました。


私の顔色を伺っていのが明らかにわかるのです、そしてそれがかなり異常なんです。


挙句の果てには、私の思考を自分自身の考えとしてしまう。つまり、私を教科書として、答えを求めて全く考えようとしないのです。


私の考える在宅看護とは、アートなんです。創造性、柔軟性、個別性。学生のフレッシュな脳みそで多くの事を感じていただき、そこから創造して看護を生み出して欲しいのです。


にもかかわらず・・・・・。


私に必死に答えを求めるのです。


そうは問屋が卸しません。


となると、学生にとっては「なんにも教えてくれない先生」です。


疾患については教科書を見て調べてきます。でも、療養者さんの生活している様子や大事にしていることなどさっぱりわからない様です。


そして、私にはこう言われます「なんで情報取れていないの?情報記載しておいでっていったよね。」


そして、今までなんとか媚びを売りながらもうまくやっていたのが今回はどうもうまくいかないのでしょう。


いわゆる逆切れです。


「できません。」「できるわけないじゃないですか」「先生何も教えてくれないじゃないですか」「先生は昨日ここをしなさいと言いました。」「今日は何も言われなかったのでしてないです」「今日までにしなさいって紙面で書いてますか」


今まで、良かったのか悪かったのかよくわかりませんが、逆切れ初経験の私は「きょと~ん」です。


出てくる、出てくる私の悪口~


「先生はほかの先生と教え方が違うのでわかりません」


そして、私。「やってない事実はそっちのけで、できていないのは私が原因?してないのは誰?」


さすがになにも教えないわけではないです。答えを導き出すためのヒントは多くちりばめます。そして、それを拾って創造するのが学生の仕事です。


その場は、なんとかおさめ学生はしていないことを謝罪してました。それも、なんか媚びられてる感ある?


そして、私は、自分自身の指導について考えるわけです。どの点がそのような思考に至らせたのか?


どのように指導しておけばよかったのか?自分の方法は間違っていたのかな?


私は、ひとり悶々とするわけです。


私の大好きなブログ「ここ花」さんのブログです。

http://ameblo.jp/kimiyosiruya-366/entry-12097631964.html


で勇気づけられ!


今週、本気で向き合ってきました。


学生の背景は色々あるだろうけどそんなことより、今の学生にどうしてあげると良い看護師になれるかだけを考えて・・


本当は、切れる人なんか嫌だけど・・・

本当は、関わりたくないんだけど・・・


おまけに、向き合おうと決めた次の日(学生は休み)に教授から呼び出され「学生が泣きながら私のところにきて、先生が私だけをいじめるんです。」と言ってきたらしい。


向き合おうと決めた後だったので、必死感やばすぎ~と笑いにまでしてしまう余裕まで発生。


結局、私は学生に1つ1つ丁寧に療養者さんの情報を解きほぐし、普段の指導の4倍も時間をかけました。


答えを教えることなく、看護の捉え方を教える。


そして、学生はそのことを療養者さんに置き換えて答えを出してくる。


完璧ではないけど、そこは妥協。きっかけ作り以上は望まない。引き際も大事!と心に言い聞かせて最後は学生が、きちんと心を込めて(と、思いたい)「昨日はすいませんでした。」と言ってきました。



めでたし、めでたし。



良い経験した~