来た道を引き返して
今度は県道29号線の
下流の方へ歩いていきました![]()
「大人の足跡」に気を取られて
見逃してしまっていたのですが
県道を挟んだ
大人の足跡の向かい側に
(画像右が大人の足跡)
「ハナオリ地蔵:花折地蔵」がお祀りされています
説明板の文字が読みづらいと思うので
昔撮影した画像で・・・
祠に小さな石像のお地蔵さまが
ひっそりとお祀りされています
明治29年7月に建立されたとありました
この場所で事故に遭った人々の霊を
お祀りされているようです
この近くに仏さまにお供えする
花ビシャコなどがたくさん生えていたので
花を折って帰って
仏さまやお地蔵さまにお供えしたので
この名前がついたのではないかと
思われています
スタート地点まで戻ってきました
朱色の滝見橋の手前を右へ下りると
橋の袂に歌碑が建立されています
「松瀬青々の歌碑」です
「葛の花折りて 滝見に上がりけり」
この句は昭和3年8月に
大阪生まれの俳人
松瀬青々(まつせせいせい)が
詠んだものです
奇絶峡の観光に力を入れていた
当時の田辺のタクシー会社が
建てて地元に寄付したものとあります
バス停「奇絶峡」
季楽里龍神行と紀伊田辺駅行があるけれど
やはり本数が少ないですね![]()
右会津川に沿って下流へ
県道の歩道を歩いていくと
「堂見駅地蔵」がありました
説明板が無かったので
過去に撮影した画像です![]()
小高い場所に建立されていました
年代は分からないそうですが
龍神村や秋津川に行くのに道が険しくて
この辺りで休みをとる場所
すなわち駅であり
この場所からちょうど
禅じょう坊(禅定坊)のお堂が見えるので
ここを堂の見える駅「堂見駅」
といわれるようになったようです
ただ禅定坊は石喰い上人とも呼ばれた
行者という説もあり
はっきりしたことは分からなかったです![]()
望遠で撮影したのですが
かわいらしい石仏です
この場所で死亡した人の霊をお祀りし
そしてこれから旅する人々の無事も
願ってくれているそうです
さらに下流に向かって歩いていくと
川の中にひと際大きな岩が見えました
あれがコウモリ岩かな?と
思いながら近くまで行ってみました
歩道脇に設置されていた説明板は
撤去されていたのですが
やっぱりコウモリ岩でした![]()
こちらも過去に撮影した
コウモリ岩の説明板です![]()
この先は斜面が大規模な崩壊のため























