続き話します。



1976年にABAが解散してNBAのシクサーズに移籍してきたアービング。
成績こそは少し落としましたけどその年のNBAファイナルにいきなり到達しました。
前年は普通の強豪でしたかアービングが来てからは真の強豪になりつつありました。




1980年にもNBAファイナルに到達。
相手はまだ若干20歳だったマジック・ジョンソン率いるロサンゼルス・レイカーズでした。
しかし4勝2敗で敗退。
なかなかNBAで優勝できないでいました。



そしてNBA7年目の1983年。
リバウンドマシーンであったモーゼス・マローンを加えたシクサーズはそのシーズン全体勝率1位の65勝をあげNBAファイナルに到達。
相手はロサンゼルス・レイカーズ。
前回の対戦は4勝2敗で負けましたが今回はスイープ(4連勝)であっさり勝ち念願の初優勝を果たしました。
ファイナルMVPは平均得点26点、18リバウンドのモーゼス・マローンが選出されました。




その先はファイナルに到達することはなかったですがアービングは偉大な選手でした。








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昨日の続き教えます。



1970年代はジュリアス・アービングっていう選手が中心になっていきます。





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ジュリアス・アービングは今日(こんにち)のダンクのスピード性に芸術性、パワー溢れるダンクのパイオニアでした。
つまりマイケル・ジョーダンなどのプレーの先駆者です。
ジョーダンは小さい頃にアービングのプレーを真似していました。




1970年代のNBAは人気がガタガタでした。
しかしアービングが現れそのプレーには見る人に驚きを与え瞬く間にアービングは有名になっていきました。
1976年、当時人気がなかったNBAのほかにABAっていうバスケットリーグがありました。
そのABAのオールスターゲーム内で行われたスラムダンクコンテストで伝説的なプレーをします。



反対方向のコートから助走をつけてフリースローラインからダンクを決めました。
後にマイケル・ジョーダンもスラムダンクコンテストでやるんですけど当時からするとアービングはまさに鳥人的な選手でした。


その後ABAの優勝を果たしますがABAは解散しネッツ、ナゲッツ、スパーズ、ペイサーズはNBAに吸収され同年10月に再編成のドラフトが行われシクサーズに入団。
32だった背番号を6に変更し再スタートを切りました。





続く。





今度はフィラデルフィア・セブンティシクサ-ズのことについて教えます。



シクサーズは1937年にシラキュース・ナショナルズとして創設され1963年にフィラデルフィアに移転し今のチーム名になりました。



シラキュース・ナショナルズ時代の最初のスター選手はこの人。








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ドルフ・シェイズ(写真右側)



この選手はNBA初期から活躍していた選手で初代リバウンド王でした。
1955年に優勝を果たしています。





1967年にはウィルト・チェンバレンが移籍してきてそのシーズンを制します。









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ウィルト・チェンバレンはマイケル・ジョーダンが出現する以前のスコアリングマシーンで1962年に今だ破られていない一人で1試合100得点稼ぎました。
そして1試合平均得点50.4に1試合55リバウンド、1試合平均27.2リバウンドも破られていないそれどころかこの先一生破られない記録だと思います。





この時代はセンターっていうポジションが群雄割拠の時代で特にチェンバレンはまさに怪物そのものでした。






続く。