雅子!いつまで社会常識のない傲慢な女性のことで腹を立てているの?
1週間前の東京・大阪間の新幹線での出来事だろうけど。
男らしく、もう忘れたら。
あなたなら、分かっているでしょ。 世間にはそういう女性が多いの。
そんなくだらない女の為に、時間を割く暇もないし必要もはないはず。
奥様の言う通り、さっさと忘れて時間を自分に与えられた時間に有効に使おうよ。
雅子のそばには、素晴らしい美女がいるじゃなーい・・・・・・・
そりゃあ、社会的な常識や知識がない女性で謝ろうとしないで、自分を正当化しようとする奴には腹が立つのもわからないこともよ。
でも雅子には、片づけなければならないことが山積みでしょ!
例えば小仏彫刻、俳句だとか。いっぱいあるよ。
そんなくだらない、空気の読めない奴に何時までかかわってるの。自分が、惨めになるだけでしょ。
さて、そんなことは忘れろ、忘れろ、雅子らしくないよ。
それよりも、浅草の話を聞かして頂戴よ!
浅草の1日目は、雨だったの。残念
浅草のシンボルの、東京スカイツリーだけど雲で隠れていました。
1日目の夕暮れになって、運よくスカイツリーが見えた。
浅草寺、雨が土砂降りなのにかかわらず、みんな傘傘
ああ大変、カメラ片手に着物試着で記念撮影です。
僕の旅行目的は、この近くの浅草公会堂で展示されてました。
捨てられぬ傘の山積み梅雨に入る 雅子
展示会場に到着したらビックリ
会場では幼稚園児の学園祭が行われていた。
僕の目的は、こちらです。
日暮まで時間があったので、
招き猫発祥の地とは無関係だけど、縁結びと結びつけ自ら名乗りをあげている「今戸神社」に行ってきました。
今戸神社は浅草寺から歩いて20分くらい。
初めての所だし雨が降ってたから、もっとかかった感じがしないことも。
いいでしょ。
今戸神社は新鮮組の冲田総司の終焉の地であるといわれて、神社は境内にその旨を記した碑を建立している。
これは、当時結核を患っていた沖田を診ていた松本旅順が、当時今戸神社を仮の住まいとしていた、とすることからきている。
また、新撰組隊士の永倉新八が沖田は松本宅で死亡、と書き残している。
ただし当時永倉は江戸に居らず、推測または伝聞で記したものである。
現在の有力な史料においては、沖田は今戸八幡神社に間借りしていた松本の手引きにより、千駄ヶ谷の植木屋の柴田平五郎宅の納屋に匿われており、同地で死亡した、とするのが定説である。
ここが沖田総司の終焉の地という話は、でっち上げなの。
このつぎにお話しするときは、大阪から出発した時から泊まったホテルや他のこともお話しするよね。
少しづつ、あの嫌な思い出から離れて楽しかったことだけを離さないと。