サラリーマン経理・村上の視点

サラリーマン経理・村上の視点

サラリーマン経理視点でまとめた経理・会計の小噺『3分経理』、灯台の魅力を伝える『続・灯台護プロジェクト』、感性のままに記した『随想録』、中国語力ゼロで1年間働いていた活動記録の『中国経理奮闘日記』などなど。

ありがとうございます。


2026年7月4日(土)に開催された

「第22回 灯台フォーラム2026」に参加しました。



ライブ開催のみですので、後日の配信などは無いそうなのですが、貴重なお話しを色々お聞きしたので、自分が活動記録としての範疇でメモを記載します。


会場は横浜の波止場会館。

すぐそばが山下公園ですね。


5階の多目的ホールを貸し切って開催


会場の雰囲気はこんな感じでした。

座席は一杯。ざっと見た感じ70名弱くらい。


講演のテーマは冒頭の画像にもある通り「灯台がひとりぼっちになった日」ということで、灯台目線というのが良いですね。


講演でもお話しされていましたが、

日本の灯台史的には、2006年12月5日、女島灯台を最後に有人管理は廃止され全国の灯台は無人化され、遠隔管理へと移行しました。


これにより、いわゆる「灯台守※」は役目を終えたことになります。


※主催者の一人である不動まゆうさんの最新の著書『図解 日本の灯台』によると、昭和17年(1942年)に発行された灯台守の手記によると、灯台職員の方が「灯台守」と呼ばれることを望まないケースもあるようです。


講演でもお話しありましたが、灯台守の仕事は人道的に集約管理を進められてきた歴史があるほど、非常に過酷なものでした。

「灯台守」という呼称には、そのニュアンスが的確に表現されていない、というのが理由のようです。


実際の灯台職員の方々のお仕事は多岐に渡り、


・灯台の点灯、消灯

・霧笛を鳴らす

・電波標識業務

・気象観測

・船舶の気象通報

・船舶の記録

・灯浮標のガス交換


などなど。本当に様々です。


特に気象観測業務は1937年の日中戦争以後、気象図が軍事情報として利用されるようになり、その情報の重要性も増していきました。


灯台は岬や離島、海峡近くの海上交通の要衝に設置されていますし、灯台職員が常駐しているのであれば、定点観測が可能。


そんな訳で、気象庁からの依頼に基づき気象観測業務もされていた、ということのようです。



このような様々な業務を担う灯台職員は、非常に過酷な生活環境でしたので、「人道的配慮」の側面から集約管理が推進されてきました。


そのきっかけが「技術の進化」です。


特に「光の自動化」技術は大きかったとのこと。


ガス灯器から電化によるバッテリー電源に切り替え、霧笛からレーダーと無線に切り替え、気象観測もAMeDASのような自動観測網が構築され徐々に役割を終えていきました。


当日の講演では、インフラが整備されていない僻地での暮らしぶりを語って頂きました。



「職業の役割を終える」或いは「役割が変わる」というのは、昨今ではAI登場で日常的に言われていることではありますが、今回の灯台職員の方々の講演から学ばせて頂くことも多かったです。


例えば、


・技術の進化により、人が直接管理していたものから集約管理に移行出来るようになる


・合理化の中で「何を残すべきか」という議論は非常に重要

 →結果的に、灯台や灯台官舎などは重要文化財になったりしています


・現地で働く人が喜ぶことは、集約管理の際にも抵抗に合わない(ただ寂しい、という感情はある)


などなど。


非常に示唆ばかりお話しが聞けました。


なお、不動まゆうさん著書『図解 日本の灯台』はカラー印刷で灯台の役割や仕組みと、全国各地の灯台がご紹介されており、非常に読み応えもありますのでオススメです。



日日是灯台

先日、東京都世田谷区の下北沢にある「発酵デパートメント」を訪れた。




下北沢駅と世田谷駅のちょうど真ん中あたりにある「BONUS TRACK」というスペースにある



きっかけは、発酵デパートメントのオーナーをされている小倉ヒラクさんの著書『僕たちは伝統とどう生きるか』を読んだことでした。


本書ではタイトル通り、これからの時代に私たちは伝統とどう向き合うべきかが語られています。


個人的に、大学時代から「伝統とは?」は極めて大きな人生テーマであり、自分自身の人生の価値観を占めているテーマでもあるので、非常に興味深く拝読しました。



その中で印象に残ったのが、「大文字の伝統」と「小文字の伝統」という考え方です。



大文字の伝統は、文字による継承をベースとし、権威による固定化、秩序をもたらすもの。


一方、小文字の伝統は、つくることによる伝承をベースとし、地域に根ざした手工業や暮らしの中に息づく地域性、多様性、価値の変容性のある伝統を指す。



発酵食品は、まさに小文字の伝統の代表例だと理解しました。


味噌、醤油、漬物、日本酒、ヨーグルト、パン、納豆。


これらは全国どこでも同じもののように見えるが、実際には土地ごとの気候や風土、水、そして微生物の違いによって、それぞれ異なる個性を持っています。


だから発酵食品は工業製品とは少し違う。


設計図通りに作れば同じものができるわけではない。


微生物を必ず介在させるので、人間が完全にはコントロールできない。


本書では、別の文脈で人間は「クリエイター(創造主)」ではなく、「キーパー(お世話係)」である、という表現が紹介されていました。



微生物が働きやすい環境を整え、見守り、支える。


しかし最終的に何が生まれるかは、微生物との共同作業の結果として現れる、とのこと。




これは、会社における管理職の仕事もこれに近いなぁと思った。


管理職は、チームのメンバーが能力を発揮できる環境を整え、支援し、見守る役割の方が大きい。


人を動かすというより、人が動きやすい環境をつくってあげる。


それは発酵において微生物を支えるキーパーの役割と重なるように思えました。




発酵デパートメントでは、全国各地の発酵食品を扱うだけでなく、そうした背景にある文化や物語も紹介しています。


関東一の日本酒県!? 小倉ヒラクの茨城県央発酵旅【前編】


上記の記事の中で印象的だった言葉があります。


「酒造」の字からわかるように、酒は「作る」ではなく「造る」と表現します。お酒は授かりもので、つくり手がコントロールできるものではありません。

大洗や神様から授かる、畏怖の念が「造る」には込められているのだと思います。



私は製造会社で働いているので、この考え方は新鮮でした。確かにどんなものづくりも本当は完全にコントロールできるわけではないですので、このように解釈することも出来るかもです。





今回、発酵デパートメントでは台湾発酵文化をテーマにしたランチをいただきました。



豆腐乳や麹を活用した料理はどれも食べやすく、発酵食品というと少し構えてしまう人でも楽しめる内容でした。




発酵というと健康食品として語られることが多いです。


七つの菌をとろう、ということで「七福菌」と名付けられているようです



台湾茶もセットで飲めます




しかし今回感じたのは、発酵の本質は健康効果以上に「変化を受け入れる文化」にあるのではないかということです。



発酵食品は完成品ではない。

常に変化の途中にある。


昨日と今日で少し違う。

今年と来年で少し違う。

土地が変われば味も変わる。


だからこそ面白い。


均一であることではなく、変化し続けることに価値を見出している。


そう考えると、伝統とは「変わらないこと」ではなく、「変わり続けながら存在し続けること」なのかもしれない。


AIやデジタル技術によって、多くのものが効率化され、標準化されていく時代だからこそ、発酵や伝統が持つ価値はむしろ高まっていくように感じる。



発酵的な仕事観。


キーパーとして関わる姿勢。


変化を受け入れながら続いていく文化。


これからの時代を考える上で、発酵は単なる食文化ではなく、重要なヒントを与えてくれる存在なのかもしれないな、と改めて思いました。


ぜひ研究してみたくなりました。






ありがとうございます。村上です。


そういえば書き残し忘れておりましたが、2025年12月に引っ越しました。


諸事情により、同じ横浜市内に自宅を購入して、引っ越したのです。


キッチン、リビングは引越段ボールだらけ


昨年春に、関東に引っ越してきてバタバタと持ち家を買ったので、年末年始も非常に慌ただしく、テレビも付かなかったので紅白歌合戦も見損ねました。


ようやく家の中のインテリアも配置が整ってきたので、この場で記録しておきます。



上記と同じアングルから


真正面のダイニングスペースの窓際からのアングル写真が以下


ダイニングテーブルからのアングル。ここから見るとキッチンスペースが殆ど隠されていて見えないような空間設計になっている

フルリノベ物件でしたので、照明など工事が必要なため、抜本的な変更はしていません

以前に住んでいた家は、キッチンの間取りが良くて妻のビジョンがすぐに浮かんだようですが、今回の家では、キッチンが壁に向き合っていたため、なかなか苦戦したようです。

ただ、キッチンとリビングの間に、メルカリで買ったドアを間仕切り代わりに置くことで、視覚的な制約を設けることで、雰囲気を作りやすくなったそうです。

わざわざダイニングキッチンぶち抜きの空間があるのに、それをわざわざ区切る発想は、私には出せないので素晴らしいなと思いました。

今回は急きょの引越しだったので、インテリアで追加で買い足したのはドアくらいで、あとは前の家からの持ち越しとなります。

そういう意味で、本格的なインテリアもエクステリアもDIYを楽しむのはこれからですね。

一護一縁

ありがとうございます。村上です。


先日、東京都千代田区で開催された「海と灯台サミット2025」に一部オンライン参加してきました。



参加した内容は後日まとめるとして、すっかり忘れていた(というより書く気力が無かった)んですが、今年8月15日に野島埼灯台を娘とともに訪問したんでした。


という訳で、「全国の灯台巡礼レポ」を更新しています。


野島埼灯台は、個人的に「最も灯台らしさを体現している灯台」と呼んでも差し支えないかもです。



フレネルレンズは、点灯始めのみエメラルド色に輝きます



「最も灯台らしさを体現している灯台」とは、


・洋式灯台で歴史のあるストーリーを持つ

・フレネルレンズを有している

・灯塔が比較的高い

・登れる灯台である

・アングルによって灯台の表情が変わる


などの条件を満たしている灯台です。


特に最後の「アングルによって灯台の表情が変わる」というのが個人的なポイントです。


それを分かりやすくレポートにまとめましたので、是非ご覧ください。



これだけ間を空けての更新は初めてですが、やはり詳しい現場のリアル感は忘れつつありますね。何事もレポートはすぐに書かねばと反省です。


今回はお盆休み中に何処か出掛けたいなと思って、結構思い付きで無理やり訪問しました。幸いにも横浜から千葉県南房総市って、アクアラインで向かうとそれほど遠く感じないので、むしろ千葉在住時代よりも近く感じたほどです。


以前訪問したのは2018年の、本当に灯台巡りを始めた直後で、明け方のみだったので今回は逆に点灯シーンに立ち会えました。


ただ残念ながら今回も出発時間が大幅に遅れて、灯台の参観時間に間に合わず登れませんでしたが…まあ、仕方ない。またの機会に。


娘は美しい夕陽に感激しておりました。



ちなみに、帰りにダッシュで洲埼(すのさき)灯台にも立ち寄り、夜間の点灯を拝むことが出来ました。



ただスマホカメラではこれが限界のようなので、たぶんレポートには書かないかも。コチラもまた日中の訪問機会を作りたいですね。


今回の発見は、南房総へのアプローチは日帰り余裕だということ。なんかその為に横浜に引っ越したみたいで、これもまた必然性を感じます。


一護一縁

ありがとうございます。村上です。

※カバー画像はChatGPTで画像生成してみました


今回、2回目の練り切り細工を作りました。



柴犬モチーフの『和柴』を作ってみようとトライしましたが、、、本家と比べるべくもなく、まさに「子どものごっこ遊び」という感じ。


ただ「訓練の途中過程は基本オープンにする」というスタンスのため、恥を晒して公開します。


ちなみに村上が目指している理想的な『和柴』はコチラのイメージです。


癒しの練り切り『 和柴 』 6個入


今回も「御菓子司 紅谷三宅」の三宅正晃さんが出されている『癒しのどうぶつねりきり』を見ながら作ってみましたが、やはりそもそもの練り切り餡の仕込みがうまくいかない。





ここがこなれてこないと、造形の質は全く上がりません。(ちなみに今回の「和柴」は難易度3と難しめでした)


今回は「はりぼかし」という技法で異なる色をグラデーション付けてみましたが、分量間違えて白を橙と同じだけ貼り合わせたので、出来上がった餡が巨大になり過ぎました。「橙3:白1」くらいが適当なバランスかと(本にもそう書いてました…)。





そして餡のサイズが大きくなった結果、中身の小豆こし餡を相当詰めないといけないのですが、中途半端な分量で外側の練り切り餡と中身のこし餡の間に空間が出来てしまい、上手く成形も出来ず、更に練り切り餡が重さに耐えきれず、時間経過すると崩れてくる始末。グダグダです。


ここで空間が出来てしまうと上手くいかないので、包餡のコツは「練り切り餡と小豆こし餡が密着するように包むこと」ですね。そのために「キッチリと分量を量る」のがメチャクチャ重要で、感覚でやってしまう村上は超苦手…

まずは計量カップと計量器を買い揃えるところからですね。



メチャクチャ大きな練り切り餡になってしまった。



それらしく成形してみたものの、やはりサイズの大きさは致命的。ちなみに後ろの黒いのは「黒和柴」にもチャレンジしようとした成れの果てです(美味しく頂きました)。




なんか単におサボりで運動不足の肥満ワンコになってしまった。。自重でどんどん垂れてくる。


ということでこの2回はとりあえず練り切り細工に触れてみようと感覚でやっていましたが、改めて「計量」の大切さが分かったので、次回はキチンと分量を量って作りたいと思います。


あと、小学校6年生の娘に試食してもらいましたが「北鎌倉で食べた時の方が何倍も美味しかったな…」と、当たり前の感想を述べておりました。


<過去記事>
『北鎌倉kominka.さんで練り切り細工体験をやってきた』ありがとうございます。村上です。最近、娘と北鎌倉に行く機会がありました。そこで「練り切り細工体験」をしたのですが、これが非常に良かった。体験したお店は「kom…リンクameblo.jp


道のりは遠いです。ただ、一歩一歩ですね。


一護一縁