体調の悪い私と夫でイライラの応酬をしてから、気付いたことがあります。


姑にも夫にも、いまだに大切な話すらされない。イライラの奥にあったのは、家族として受け入れられたいという悲しみだったのです。私は家族になるために引っ越してきました。夫の親離れが進んで、やっと結婚後の新生活を始められる辺り(15年以上たってやっとです)まできましたが、だからといって人間180°コロッと変わることはありません。私は家族として大切にされたいと思ってるんだと、改めて感じた出来事でした。


自分の心にフォーカスしてわかったら、私にできることは他人を動かすことではありません。私が家族として大切にしたいと思って生活していくことです。私は私にしかなれないし、夫は夫にしかなれないので、夫の心は夫にしか感じることはできません。なので、私は私の感じた気持ちを大切に生活していくだけなのです。


私は大切な家族と穏やかに暮らしたい。とはいえイライラすることもあり常に穏やかさは出せませんが、溜め込んできたものを上乗せしてイライラをぶつけることがなくなってから、お互い引きずることがなくなってきました。花火をパッと打ち上げておしまい。後腐れがなくなりました。


あの時のこと、この時のことなど、うらみつらみを上乗せしてしまうと、伝えたいこと以外が相手の心に響いてしまいます。イライラをなくすことはできませんが、イライラのもとは何だったのかそのつど自分の心に問い掛けて、そのままぶつけないよう気をつけなくてはなりません。自分の望む生活は自分ひとりでは成り立ちませんが、自分のできることはしなくちゃですね。