5月に沖縄弾丸旅行から帰ったあたりから、仕事がものすごく忙しい…。

想定はしていたけども、「ここで行かなきゃ、行けなくなる!」と判断した、自分の野生的な感覚を褒めてあげたい😅。

毎日がマラソンのようで、家に帰ると

「今日というマラソンをなんとか走りきった…」

そんな気持ちでヘトヘトな日々を過ごしています。


そんな忙しい日々でも、心をなくすような暮らし方はしたくないと、限られた時間にせっせと楽しみを詰め込む今日この頃。

(秘書の仕事も二年目になり、なんだかパズルのようにスケジュールを組み込み、ピッタリはまる快感を覚え始めたこの頃です。)

前置きが長くなりましたが、写真展「星野道夫 悠久の時を旅する」に行ってきました。


アラスカに住み、たくさんの野生動物や自然の写真を残し、1996年のカムチャッカ半島での取材中にクマに襲われ、わずか43才でその生涯を終えた星野道夫さん。

当時、20代で図書館司書として働いていた私は、星野さんの写真や随筆、その生き方にとても感銘を受けていただけに、その時の衝撃は忘れられません。

亡くなった後も今日まで、私が持っているのはほんの数冊の著書のみですが、自然と向き合い、常に自然の一部として綴られた星野さんの随筆をずっと大切にし、旅する時などにそっと読み返してきました。どこか読み物というよりも、バイブルのような、そんな存在でした。

久しぶりに市内で写真展が開かれるにあたり、初日に馳せ参じた次第です。


気づけば自分も50代。受けとめる感覚が変わっているかしらと思いながら足を運んだのだけど、全然、変わっていなかった。

星野道夫さんの作品も、自分の気持ちも。

やはり写真も言葉も自然のままで、本当に透明で驚きました。

ブリザード吹き荒ぶ北極で佇むシロクマや、オーロラの躍動感。現地に暮らすエスキモーの家族の、なんて深い表情。

AIだとか、コマーシャリズムだとか、人間が作り上げた人間中心の社会では、到底たどり着けない生きとし生けるものの、命の本質のようなものがそこにはありました。

深くて透明な、本物だけがもつ鮮やかさ。


私は結局、人間社会の安全で便利な世界でしか暮らせないので、今もこうして毎日がマラソンのような、せわしない事務仕事に追われる毎日ですが、若い頃に同じように世界に憧れ、手紙一通から外国へ行った経験や、野生動物や自然への憧れがあり、恐れ多いのですが、どうしても星野道夫さんの言葉や生き方に何か通じるものを感じてしまいます。


会場には、星野道夫さんが大学生の時にアラスカのシシュマレフ村の村長さんにあてた手紙と、村長さんからの返信の現物が展示されていました。

今から50年も昔の、インターネットもなかった時代。たった一通の手紙が縁をつないで、そこからアラスカへの移住や写真家としての人生が始まったのはとても有名なエピソードですが、実物を見るのはなんとも言えない感慨があります。


展覧会の壁に「大切なのは、出発することだった」という一文があり、本当にそうだなと感じます。

出発しなければ、旅は始まらない。

星野道夫さんのようにはいかなくても、誰もが目指したい場所がありますよね。

私もまたそんな目的地に向けて、出発をしたい。改めてそんな気持ちになれました。