3ヶ月ごとの眼科受診。
今日は視野検査あり。
今までは「変わらないね」「いいですね」ってサクッと済まされていたのに、今日は今までのデータ並べて、「データが少ないからあれだけど、悪くなってるね」と。
どういうことだ?
いままだだって変わりなくなかったんだよね?
そして、「どうする?」と。
今まで点眼薬の変更しか、方法を勧められな買ったから、「現時点ではそれしか方法はないんですよね?」と聞くと、「いや、手術とか他にもあるよ」と。
どうする?と聞かれても、選択肢さえ提示してくれないのに決められません。
でも、結局のところ、現実的なのは点眼の変更だった。
しかも、「キサラタンつけてるんだよね?」とまた聞かれた。
毎日つけてますよ・・・
でも眼圧かわらないんですよ
結局1ヶ月点眼をやめて、キサラタンが効いているのかを評価して、それによって点眼変更検討する方針になりました。
あと、2ヶ月くらい悪い方の眼にしこりができて治らないので、そのことも言ったけど、触ったり見たりしないで点眼薬を処方されました。
「まあ、治らなければ切るしかないんだけどね」と。
なんか色々悲しい診察でした。
今後の自分のことを考えると、目が見えなくなることはとても切実な問題なのだけどなぁ・・・
しばらく書こうと思っても書けなかったこと。
ひと月前に姉が亡くなりました。
1年闘病して、最期までギリギリまで前を向いていました。
自分が手助けできるところはして来たつもりだけど、振り返ると本当にできてたのかな?
ふと思い返すと、もっと何かできたんじゃないかなとか考えがぐるぐるとめぐる。
体調がまあまあよかった時はちょうど緊急事態宣言下で・・・
美味しいお魚食べに行きたいとか、富士山見えるとこに旅行したいとか、京都にまた行きたいとか言ってたよな・・・
姉の部屋の片付けをしていて、物がとってもたくさんある。
でも、死ぬ時には何も持って行かれない。
亡くなった姿も見たし、お通夜から告別式の間も葬儀場に泊まってずっと一緒にいたし、火葬も目の前で見たのに・・・
まだまだ本当にいなくなったことが信じきれない。
片付けもしているけど、片付けをして姉の痕跡を消してしまうことが・・・
ベッド周りなどは崩すこともできません・・・
ずっと通ったマンション、現役で仕事もしていたので仕事関連の手続き、相続関係の手続きなどで追われていて、色々やらなきゃいけないけど、生前のちょっとしたやりとりが蘇ってなかなか進まない。
旅行に行ったり、バレーボールの試合見に行ったり、ご飯食べに行ったり、買い物行ったり。
2人とも仕事していてローテーション勤務だったけど、闘病前からも結構一緒に出かけていたなぁ。
片付けをしていても、一緒に出かけたり、旅行した時に買ったものとかが結構出てくる。
その度にまた気持ちが・・・
姉の人生ってどんなもんだったんだろう。
「死ぬ時は誰しも1人」とは言われてはいましたが、本当にそうだなと実感しています。
私にとっても何が大事なことなのか、今はまだ姉の片付けのことなどても頭がいっぱいなのですが、確実に今までの自分の中の価値観が変わっていっている気がします。
色々文章がとっ散らかっていますが、まだまだ文章と同じように私の頭の中もとっ散らかっています。
どれくらい経てば、気持ちも落ち着いてくるのでしょうか。
医療者であり、亡くなった患者さんの家族と関わることもあったのに、結局私は何も分かっていなかったのかな・・・