昭和3年(1928年)6月3日早朝、張作霖が乗った汽車が爆破され、氏が重傷し後になくなった、「皇姑屯事件」があった。後ほど昭和6年9月18日柳条湖事件の導火線にもなると言われてきた。事件はいずれも、「関東軍がやった」と定論され、辞書にもこのようにしるされている。日本人の誰もがこう思っているし、歴史にあやふやの自分も鵜呑みしていた。ただし、先日中国のSNS記事が目にすると、「えっ?」と声を出すほど、びっくりしました。
「皇姑屯事件」は旧ソ連の仕業」だと。
記事によりますと、本件はソ連共産党スターリンの指示によって実施された。命令の中には、明確に「本件極秘中で実施され、犯罪者を中国の南軍閥に転嫁するか、日本軍に転嫁した方がベター、万が一(実際一回失敗して実施したのだが)失敗した場合は、ソ連内部にある日露戦争研究会のやつらがやった、ソ連共産党とは関係ないと言え」と記された。
命令は1926年8月に出され、一回の失敗を経て、1928年6月3日成功に日本軍駐屯地区域で実施された、「日本軍」がやったと、当時、日本軍と張の兵隊との間の緊迫な情勢からでも、民が伝聞を耳にしたら、当たり前のようにそう認識される上、ソ連共産党が、「現地スパイによって犯罪者をよそへそれしたり、マスコミにも十分用意させてある」と周到に手配を加えていたそうだ。すると「事件は日本軍がやった」と歴史の定論になったいました。
歴史研究者ではない、SNS記事のテーマをみて、気になり感想を書き出したところで、本当であれば、なぜ日本国内ではこの事件に問題視とされていなかったか、歴史研究者達も日本軍関係者の書類や記事等の文献からもあまり出なかったかという疑問を持つ。
毎年の8月15日終戦記念日に戦争について何かが新しい資料が公開される、今年(2019年)は昭和天皇の宮内庁長官が天皇陛下との拝謁記録が発表さた)来年の2020年には、東京オリンピックが開催される時期に、上記「皇姑屯事件」についての新たな研究結果が出されるのを期待する。