12篇 遠い日の約束 その16

 

 幾度となくすれ違っていたものの、名前も知らず、真面に顔を合わせる事も無く過ぎて行った日々が、脳裏をよぎる。考えて見れば、すれ違うだけの出会いだとしても、どことなく懐かしさを感じていた気がする。顔合わせ以降、しいちゃん、だと言う確認はしていないが、会う機会は増える筈だから焦らずに行こうと思う。いつ打ち明けようか、とワクワクしている自分は、案外人が悪いのかもしれない。


 姉は志穂が気に入った様で、年下なのに何かと頼りにしている。買い物なども付き合ってもらったり、新居で使う家具なども、二人で選んでいるらしい。僕が当てにならないのは仕方が無いが、甘え過ぎではないかと気懸りだ。今日も何処かへ出掛けて行った様だ。楽しんでいるなら言う事は無い。


 僕は知人から映画の無料券を貰ったので行かないか、と小野田に誘われたので出掛けた。その帰りに少し町をぶらついた。お腹が空いて来たので、伯母が経営している 和食処たけうち を思い出し足を運んだ。暖簾を割って中へ入ると、かなり客が立て込んでいた。出直した方が良いかな、と諦めながらも店の中を見回した。知った顔が目に飛び込んで来た。まさか其処に姉と水上志穂がいるとは思わなかった。自然と顔が綻んだ。助かったとばかりに、姉のテーブルまで進んだ。志穂に会釈をしてから姉の隣へ腰を下ろした。


  どうしたの?今日は出掛ける予定が無かったよね?


姉に今日の予定を聞かれた時、まだ小野田からの誘いは無かったので、家にいると返事をしたのだった。


  うん、そうだったけどね、小野田に映画に誘われたんだ。


言い訳がましく言うと姉は納得したように頷いた。小野田の事は姉もよく知っているのだ。どちらかと言えば、思いつきで行動する性格だ、と理解している。馴染みの店員が注文を取りに来た。姉が鮭定食にしたと言うので僕は刺身定食にした。志穂がニコニコして見ていた。