12篇 遠い日の約束 その13

 

 最近、姉の外出が多くなったが、どうやら両親には恋人の存在を明かしたらしく、堂々と振る舞う様になった。二人の間では結婚を決めているので春になったら挨拶に来る、と言うところまで話が進んでいたのには驚いた。姉が言葉で惚気る事は無いが仕種が此れまでとは違って来たような気がする。声も表情も柔らかいのだ。あの堅物だった姉を此処まで変えた相手に好奇心が沸いて来た。町で見掛けた彼は誠実そうに見えた。顔も見た目も好青年という感じだった。姉が選んだ相手なのだから間違いないと思う。


 三月になると日射しが暖かくなって来て一気に春らしくなった。今日は姉の彼氏が結婚の申し込みに来る日だ。顔合わせも一緒に済ませるからと、外出禁止を言い渡された。何だかそわそわしてしまう。彼氏が電車で来ると言うので姉が駅まで迎えに行き不在だからか、両親がうろうろするから此方まで落ち着かない。自室で本を読みながら待っていると、約束の時間通りに姉の声が聞こえて来た。それに応える母の声もした。彼氏の声はハッキリ聞こえなかったが、お邪魔します、と言った様だった。


 さすがに結婚の申し込みの場に弟が顔を出すのは可笑しいと思うので、母が呼びに来るまで部屋で待っている事にしていた。知らぬうちに神経を張り巡らせていたらしく、普段は聞こえない父の声や皆の笑い声などが耳に入って来て、その和やかな雰囲気に肩の力が抜けた。程なくして母が顔を出す様にと迎えに来た。客間に行くと父と彼氏が談笑していた。僕の姿を見ると彼氏はキチンと向き合って挨拶をしてくれた。何故か気おされてしまい、頭を下げて 宜しくお願いします としか言えなかった。


  さあさ、頂きましょうか。巧さん、膝を崩してね。


僕に空いている席に座る様に指示してから、母が明るく声を掛けた。座卓には寿司やオードブル茶碗蒸しなどが並べられていた。我が家では飲酒の風習が無いので乾杯はしなかった。代わりに普段は口に出来ない高級茶が振る舞われた。酒など無くても場の雰囲気は終始和やかで明るかった。