12篇 遠い日の約束 その7
水上さん、と呼ばれた女性は、重子と同じ南城大学の学生の様だった。二言三言話してから、重子は僕を紹介した。
友達の水上麻美さん、学部は違うけど同じ大学の同期なの。
こちら私の従兄で、立木佳史さん、東都大学に行ってるの。
重子は僕と水上麻美だけを紹介しただけで、もう一人の女性を困惑したように見つめた。どうやら名前を知らないらしい。
先に行ってるね。
その女性は重子の戸惑いを察した様で、僕の事を一瞥もせずに、その場から離れて行った。その事に僕は動揺してしまった。
また大学でゆっくり話そうね。
慌てて断りを入れて後を追い掛けて行く水上麻美に手を振って、重子は何事も無かったように歩き出した。あの女性の事を聞いて見たかったが、名前も知らないのなら聞いても無駄だと口にはしなかった。それでも心の片隅に残ってしまった。あの時に感じた妙な懐かしさは何だったのだろう。初めて会った筈なのに、名前さえも知らないのに、つい考えてしまう。時間が経つと名も知らない女性への想いは薄れて行った。薄れはしても忘れられる訳では無かった。時折り、重子の口から麻美と言う名前を聞かされると、あの日の彼女の姿が甦って来るのだ。
夏休みに入ると僕は家庭教師のアルバイトを始めた。親戚の男子中学生が、来年高校受験なので教えて欲しい、と親を通じて頼まれたのだ。去年女子中学生を担当して嫌な経験をしたので、家庭教師のアルバイトは断るつもりだった。親戚だし男子と言う事で引き受けたが、女子高生の姉がいる事は知らなかった。幸い姉の方は学習塾へ通っているので、出会う事が無く済んでホッとしている。
今日は家庭教師が休みなので町へ出かけた。教え子の為に参考書を探して本屋へ行こうと思ったのだ。ぶらぶらしていると重子とばったり出会った。