12篇 遠い日の約束 その6

 

 風の様に通り抜けて行った声の行方を求めて一点を見つめていると、すれ違った人に睨まれて、我に返るまで数秒だったと思う。気のせいなのか、聞き間違えたのか、歩き出しながら考えてみた。何故こんなにも引きずっているのか、あんな小さな頃の思い出なのに…。


 四月、父が単身赴任を終えて戻って来た。それだけで家の中の雰囲気が変わった。母はこんなに明るい人だったのか、と再認識させられた。両親が仲睦まじいのは良い事だが、見ている側の息子としては妙に気恥ずかしい。そして、もう一つ、姉の様子が変化して来た事も、気になっている。化粧の事は判らないが、身に着けるものが変わって来たし、仕種も優しくなって、内向きだった性格が明るくなり、休日に外出する様にもなった。


  姉さん、最近なんか変わったよね。


日常の会話でさり気なく母に聞いて見た。


  そうね、明るくなって、いいことね。


母は娘の変化に気付いていても、ちっとも気にしていない様子だった。もう大人なのだから本人次第と言う事なのだろう。信頼されている証なのかもしれない。


 重子にデパートへの買い物に付き合ってくれと頼まれた。大学のサークル仲間と旅行に行くので、旅行鞄を買いに行きたいのだと言う。要するに荷物持ちの為に男手が欲しいのだ。昼ご飯を奢ってくれると言うので渋々ではあるが了解した。小さい頃から姉や母の買い物に付き合わされていたので、買い物自体は苦にならない方だが、あちこち引っ張りまわされると流石に疲れてしまった。目的のものを購入した重子がお昼にしよう、と言い出した。荷物を持ち歩くのは不便なので、店に預けてレストランへ向かった。


 レストランは入口にドアが付いていない開放型だった。そこから出て来てエスカレーターの方へ向かった女性は、重子の知り合いだったらしく声を掛けていた。


  あら、水上さん。


振り返ったのは二人だった。重子を見ると嬉しそうに笑って近づいて来た。


  菊入さんも来てたの。


知り合いは先に声を掛けて来た女性だけらしかった。もう一人は少し離れて立ち止まったからだ。その女性に何故か懐かしいものを感じた。