12篇 遠い日の約束 その4

 

 僕と姉の千晶は年が三つ離れている。姉は短大卒業後、有名企業に就職したが、配属先が希望とは違っていた様で、辞めたいと漏らしていた。一年経ってやっと折り合いがつけられたらしく、最近は明るくなって来たので、弟としてはホッとしている。弟から見ても姉は美人だと思うのに、これまで浮いた噂が一つも無いのが不思議だ。良く言えば品行方正と言える。もしかしたら男嫌いなのだろうか。そんな姉が少し変わって来た気がする。以前は会社以外の外出でもスーツを着て出かけていたのに、最近ではワンピースも身に纏う様になって来たのだ。お洒落に気を使う方では無かったので違和感があるが、これも大人になって来たと言う事だろうか。口に出したら怒られそうなので黙っているが…。


 時間の流れは速くて夏休みが目の前に来ていた。この夏はアルバイトをしようと思っていたが、母から車の免許を取る様に言われ、教習場に通う事になった。費用は親持ちなので文句も無いが、僕が免許を取れば唯一の所持者になる。扱き使われそうなので、今から心して置いた方が良さそうだ。僕の担当は中年で厳つい顔つきをしていた。最初は身構えてしまったが、話してみると、おっとりした優しい人だった。人を見た目で判断してはいけないと肝に銘じた。教習は順調に進み、仮免も一発で合格したが、路上に出た時は流石に緊張した。隣を走る車に次から次へと追い越されて行くが、こちらは制限速度を順守しているので、法を無視している車の多さに吃驚する。担当教官は流れに乗る事も大事だと言うけれど素直に頷けない。色々考えさせられる教習所通いだったが、免許取得まで滞りなく過ごせたのは、教官の指導が僕に合っていたからだと思う。感謝を伝えると照れながら嬉しそうに笑っていた。


 我が家で初の自動車免許取得なので、庭の一部を整地して駐車場が作られた。新車が納まっている姿を眺めた時は嬉しかった。初乗りは家族で、と意気込んだら、まだ死にたくないとか後にするとか言い出したり、ひと騒ぎしたが最終的には皆が一緒なら怖くない、との母の鶴の一声で全員乗る事になった。確かに初心者なので、気持ちが判らなくも無いが、随分失礼だなと内心面白くなかった。近場を一回りしただけで帰ったら、もう少し乗っていたいとか、買い物をして来れば良かったとか言い出して、すっかり気に入った様だったので、僕の曲がりそうだった機嫌も戻り、我ながら単純だなと苦笑した。