12篇 遠い日の約束 その2

 

 もう何年も経ったのに、あのひと夏の楽しかった日々が甦って来て、切なくなって来る。しいちゃんはどうしているだろうか。もう僕の事など忘れてしまっただろうか。約束を破ったのだから…。


 僕は弱い自分を鍛えなおそうと思った。体力をつけるために嫌いなものも食べる様にした。雨の日以外は毎朝走り込みをした。姉に勧められて合気道の道場へ通った。強くなりたい訳では無い。病気にならない身体を作りたかっただけだ。しいちゃんに会える日が来たら、元気になった僕を見て欲しいと思った。


 父の転勤は5・6年ごとだった。各地を転々としていたが、僕が高校生になる頃に、母の勉強に専念させたいと言う希望で、父は単身赴任になった。都会で暮らす母と姉との三人暮らしは寂しさもあったが、これで受験勉強に身が入るとホッとしたのも事実だ。姉は四年制の大学を選ばず短大生になった。僕が続いているせいかと危惧したが、姉はあっけらかんと、四年は長すぎて飽きちゃいそうだから、と笑って言った。半分は本音なのだろうが、やはり遠慮したのだ、と言う思いは拭いきれなかった。


 高校生最後の夏休み、僕は思い切って川内町へ行って見る事にした。遠い親戚だと言う多田家は、住む人が居なくなって解体され、今は更地になっているらしい。一人では許可が下りないと思い、友人の小野田英雄を誘った。断られるかと思ったが、あっさりと了解してくれた。同じ受験生なので息抜きになると喜んでくれたのは良かった。


 九年ぶりの川内町は様変わりしていた。人も家も増えて大きな町になっていた。小野田も、そんな田舎じゃないんだな、と驚いていた。多田の家があった場所へ行ってみた。近所の家は新しくなったり空き家になったりしていた。何だか思い出が壊れてしまった気がしてがっかりしたが、あの川だけは変わらずに在ったのが救いだった。川を眺めていると、幼かった頃の思い出が甦って来る。


  しいちゃん…。ごめん、今頃来ても遅いよね。


心の中で名前を呼び詫びた。