11篇 指切りをした その7

 

 普通に食事をして帰りがけ、立木佳史が支払いをしている間に、菊入重子はテーブルを片付けている私を見ると、目立たない様に手を振って出て行った。私は頭を下げて見送った。ほうっと溜息が漏れた。何だかとても疲れてしまった。

 

 見知らぬ客の相手をするよりも、知っていても親しくない客を相手にする方が、気疲れするものなのだと知った。麻美が頼んだのか、菊入重子が本当に店を気に入って来てくれたのか、その辺りは定かでは無いけれども、客足が増えるのは良い事だと思うので、素直に喜んだ。

 

 それ以来、菊入重子は良く来店する様になった。立木佳史と来たのは最初の一回きりだったが、殆ど一人で来る事は無く、大学の友人だったり、高校の同級生だったり待ち合わせや息抜きに利用している様だった。顔を合わせる回数が多くなれば、親しくなって行くのは自然の流れだった。客が少ない時には少しだけ立ち話をしたりもした。私が勤めだしてから若い客が増えた、と三田美子が言った。従妹の友達のおかげだね、と言われると本当にそうだと思う。麻美には感謝しなければならない。

 

 もう来ることは無いだろうと思っていた。ドアが開いて入って来た客の顔を見て一瞬動きが止まってしまった。

 

  いらっしゃいませ。

 

声掛けをするのに一呼吸置いてしまった事が恥ずかしくて、メニューを渡す時に視線を逸らしてしまった。

 

  アイスコーヒーで。

 

初めて聞いた立木佳史の声は低めで落ち着いていた。

 

  かしこまりました。

 

今度はちゃんと目を合わせる事が出来たのでホッとした。