10篇 勿忘草を君に その5

 

 実母との暮らしは家族と言うよりも単なる同居人の様だった。親子と言っても離れていた時間が長すぎて、どうしても遠慮が出てしまうのだ。一緒に暮らしてみると実母が厳しいのは自分自身に対してで、周囲の人間には一線を引いていても優しく接しているのが判る。実母は仕事柄、朝早く出かけて帰りも遅いので、家の事は家政婦に任せている。家政婦の仕事は、家の掃除と夕食を用意する迄なので、あまり顔を合わせる事は無かった。気楽と言えば気楽なのだが、実質一人暮らしみたいなもので寂しいと言うより、虚しさを感じてしまう。四人で暮らしていた頃の幸せな時間は戻って来ないのだ。

 

 時は流れて僕は高校生になった。実母は有名私立校を勧めてくれたが、負担を掛けたくないので公立を選んだ。野田勝司とは此の高校で出会った。何処の高校にも少し崩れた男子はいるもので、僕がその中の一人に目を付けられ絡まれている時に助けてくれたのが野田だった。野田は正義感が強かったが腕っぷしの方は頼りなかった。見た目が強面なので相手が勝手に弱気になって逃げてしまうのだ。野田のおかげで僕は随分明るくなったと思う。

 

 二年生になると僕達にも後輩が出来た。後輩の面倒を見ていると少しだけ大人気分を味わえた。今年は美少女が入学して来たと話題になっていた。好奇心旺盛な野田が見て来たと騒いでいた。

 

  見て来たぞ。確かに美少女だ。名前も判った。渡井朱美だって。

 

その興奮ぶりから見るに目の保養にはなった様だ。