10篇 勿忘草を君に その3

 

 中学生になった雪子は髪を肩まで伸ばし始めた。セーラー服姿が大人っぽく見えて今迄の様に気軽に声を掛けられなくなった。元々お喋りな方では無かったので、反抗期に入った事も相まってか、雪子を避ける様になってしまった。時折り、悲しそうな目で見つめられる事があり、胸が痛んだ。思春期の男子は気難しいと、我ながら思い自嘲する毎日だった。家族だから、と縛られる事に嫌悪し、家族だから我が儘言っても許される、と甘えていたのだと今なら思う。

 

 その甘えを後悔したのは、父が不慮の事故で亡くなってからだった。両親の結婚一周年を迎え、久しぶりに家族で外食をする事になり、父の帰りを待っていたが、なかなか帰って来なかった。さすがに遅すぎると妙な胸騒ぎを覚えた時、電話が掛かって来た。僕が近くに居たので受話器を取った。病院からだった。父が交通事故で緊急搬送されて来たので、すぐ来て欲しいと言う連絡だった。

 

 信じられない出来事に頭が真っ白になったが、タクシーを呼んで教えられた病院へ向かった。タクシーの中では誰も口を利く事が出来なかった。母は両手を硬く握りしめて、俯いたままの雪子は青ざめて震えていた。

 

 僕たちが病院へ着いた時、父は既に息を引き取っていた。死に目に会えなかったのだ。霊安室へ案内されて遺体と対面した。遺体の損傷が激しいとは聞かされていたが、顔さえ見る事が出来ないほどだとは思わなかった。

 

 母は遺体に取り縋って泣いた。雪子は僕の胸に顔を伏せて嗚咽を漏らした。僕は唇を嚙みしめて雪子の肩を抱きしめるだけだった。