9篇 朝の月 夕の月 その23

 

 野田勝司に渡井朱美の事を聞かされてから、周囲を気遣う様になったけれど、どんな対応を取れば良いのか判らない。出来るだけ美登利と一緒に行動する様にしていても、警戒心が途切れる時がある。ましてや渡井朱美とは殆ど接触した事が無いのだ。もしかして野田勝司の考え過ぎでは、と思ったりしてしまう。

 

 その日は朝から頭痛がしていた。額のあたりが締め付けられている様な痛みだった。何時もなら少し我慢していれば治まっていたので、その心算でで居たけれど酷くなる一方だった。早退する事を美登利に伝えると、心配だから送って行くと言われたけれど、大丈夫だからと断って一人で教室を出た。廊下から外へ出た所で声を掛けられた。

 

  加納さん。

 

聞き覚えの無い声だったが、振り返ると其処にいたのは渡井朱美だった。スッと血の気が引いたのが判った。金縛りにあった様に身体が硬くなった。声も無く渡井朱美を見つめる事しか出来なかった。

 

  加納雪子さんよね。

 

私に近付きながら再確認するように言った。

 

  そうですけど…。

 

こくりと生唾を飲み込んだ。落ち着かなくては、と自分に言い聞かせる。

 

  橘淳史さんと貴女、どんな関係なの。

 

苛立ちを抑えているのが判った。憎々しげな目だ。

 

  そんなこと、名前も知らない人に言わなければいけませんか。

 

自分自身でも思いがけない反撃だった。恐怖よりも怒りがあったのだ。理不尽だと思ったのだ。名前も名乗らない相手に此れほど憎まれる謂れは無い。

 

  私は、渡井朱美、橘さんの、恋人だわ!

 

声を荒げて叫ぶように言った。