9篇 朝の月 夕の月 その21

 

 19歳の誕生日も母と二人きりだと思っていた。淳史と再会したけれど、お祝いして貰えるなんて、考えてもいなかった。母が淳史と会いたいと言わなければ、こんな幸せな時間を過ごす事は無かっただろう。秘かに感謝した。

 

 たった一年だけの家族だったけれど、思い出話は意外と弾んだ。加納の父に可愛がって貰った記憶は未だに忘れられない。別れの時の悲しみも胸から離れない。笑い合ったり、しんみりしたり、時間を忘れて語り合い、夜も遅くなったので、母は止まって行くように勧めた。淳史が使っていた部屋は其のままだし、布団も敷いてあるから、と母にしては強引だった。淳史はチラッと私を見つめてから頷いた。今から帰ろうとしても足が無いので甘えさせて貰う、と言い訳をしながら嬉しそうに笑った。

 

 淳史は母に勧められるまま、お風呂に入り、加納の父が着ていたパジャマを身に着けた。ピッタリだった。今さらの様に淳史が大人になった事を実感させられた気がした。淳史は私も大人になったと思ってくれているだろうか。あの頃より身長は伸びたけれど、精神的に成長したのか、と問われれば自信が無い。ふと何時も淳史の隣に居る女性が浮かんだ。あの人に比べれば自分は未だ幼いと思う。胸がツキッと痛んだ。

 

 朝の目覚めが早かったのは、同じ屋根の下で淳史が寝ている、と思うと落ち着かなかったからだ。味噌汁の匂いがした。母が朝食の用意をしているのだ。静かに起きて身支度を整えてから下へ降りた。

 

  おはよう、お母さん。

 

そっと声を掛けると、振り返った母の微笑みは、慈しみで溢れていた。きっと淳史と加納の父の面影が重なって、亡き夫に会えた気がしているのだろう。

 

 程なくして淳史も起きて来たので一緒に朝食を取った。大学へ行く前に家に寄るから、と言って淳史は早く出て行った。朝食の後片付けをしていると、母がお茶を入れてくれた。食卓に座って朝茶を堪能するのは至福の一時だ。今迄は母と二人の時間だったけれど、ここに淳史が居て呉れたら、と考えてしまい、慌てて打ち消した。私に母がいる様に淳史にだって母がいる…。