9篇 朝の月 夕の月 その15

 

 何日ぶりだろう。会えないでいた美登利と久しぶりで同じ講義を受けた。そのまま学生食堂へ行く心算で廊下へ出ると、向こう側から賑やかな女子のグループが歩いて来たので、ぶつからない様に壁際に身を寄せた。その中の一人がすれ違いざま私を一瞥して行った。まるで睨みつけられた様で体がピクッと反応してしまった。美登利にも其れは伝わったらしく、驚いた目で私を見つめていた。判らないと言う様に首を振って見せてから思い出した。橘淳史に腕を絡ませていた女性だ。けれど、あんな目で睨まれる覚えはない。

 

  ねえ、廊下ですれ違った人、怖い顔で見てたよね?

 

声を抑え気味にして美登利が聞いて来た。私は身に覚えが無いので、判らないと小首を傾げて否定して見せた。

 

  気を付けてね。嫌な予感がする…。

 

眉を顰めて心配げに言う。そうは言われても何に気を付ければ良いのか、苦笑せざるを得なかったが、美登利の予感は往々にして当たる事が有るので心に留めて置く。それでも数日過ごすうちに其の気掛かりも霧消してしまった。

 

 あれから橘淳史の姿を遠目になら見掛けていた。淳史が一人で居る事は殆ど無いので声を掛けるのは遠慮してしまう。我ながら意気地なしだと思う。もっと気楽に考えたらよいのだろうけれど、廊下で睨みつけて来た女性が何時も側にいるので、足が竦んで動けなくなってしまうのだ。

 

 講義を終えたら一緒に帰る約束をしていた美登利を待つ間、ベンチに腰を下ろして借りていた本を読んでいると、陰が差して暗くなった。ふっと顔を上げると橘淳史が微笑んで立っていた。何時の間に…と衝撃を受けたまま見つめていると、淳史は当然の様に隣に腰を下ろした。

 

  久しぶりだね。やっと会えた。

 

ほうっと息を吐きながら前屈みになって言う。忙しかったのだろうか。どことなく疲れが見えて気になった。

 

  個人的に色々忙しくて、やっと落ち着いたんだ。

  大学でなら雪に会えるかと思ってたのに、全然見掛けられなくて…。

 

淳史も気に掛けてくれていたのだ、と思うと嬉しくて泣きそうになった。