8篇 僕の恋の話 その23

 

 沙織との駅での別れは恋人同士でも無いのに胸に迫るものがあった。二人の此れからの未来は明るいものの様に感じられて、気持ちが弾むのを抑えられなかった。列車が動くまでホームに居た。手を振ると沙織もぎこちないながらも振り返してくれた。今回帰省して良かった、としみじみ思う。

 

 これを切っ掛けにして、僕は大学内で沙織を見掛けると、親しく声を掛けるようになった。顔見知りと言うだけで無く、好意を持っている事を隠さなくなったので、友人たちも沙織が何処にいるとか、情報を呉れる様になった。冷やかされても嫌だと思わず、むしろ嬉しかった。僕は浮かれていたのだろう。加奈子の事が頭からスッポリと抜け落ちている事に気付かなかった。

 

 加奈子が大学での僕の一挙一動に、神経を張り巡らせている事に気付いてはいた。それなのに橋田薫から加奈子が沙織の事を気にしている、と注意されるまでは加奈子の行動に無頓着だったのだ。加奈子の執着心を感じてはいても、子供の頃からの付き合いなので、どこか甘さがあったのだろう。

 

 今日は午後からの講義が中止になったので、沙織の姿を探して見た。ここ数日見掛けていないのだ。辺りを見回していると、少し遠くに橋田薫と一緒にいる沙織を見つけた。其方へ足を向けた時、加奈子が突然現れて、僕の腕に絡まって来た。相談したい事が有る、と何時になく真剣な眼差しで言われた。沙織が此方を見ている事に気付いた。沙織は僕に顔を背ける様にして反対側へ歩き出した。僕は加奈子の腕を振り解き、ごめん、ちょっと用事があるから、と一言だけ声を掛けて後を追い掛けた。加奈子が何か叫んだようだったが聞こえなかった。

 

 僕が沙織に追いついて声を掛けると、立ち止まって振り返ってくれた。驚いたように目を見開いていた。ごめん、時間あるかな、と問い掛けると小さく頷いてくれた。僕は大学通りから一本離れた道路沿いにある喫茶店へ誘った。たまたま友人に連れて行かれて知った店だが、其処で勧められたイチゴケーキを食べた時、沙織が地元でアルバイトをしていた花林のケーキと味が似ていたので、何時か連れて来たいと思っていたのだ。