8篇 僕の恋の話 その11

 

 夏休みになって僕が帰省している事を知った加奈子が遊びに来た。海に行きたいと甘えられたが、地元の友人たちとキャンプに行く約束をしていたので断った。一緒に行きたがったが、さすがに男ばかりのキャンプに連れて行く訳にはいかない。いつもなら聞き流せる加奈子の我儘が煩わしく感じられて、態度が突っつけどんになってしまった。僕が加奈子に対して不機嫌な顔を見せたのは恐らく初めてだっただろう。加奈子が驚いて何も言えなくなった様を見て、そのまま話を打ち切った。この時から僕は加奈子に対して一線を引く様になった。

 

 もう直ぐ夏休みが終わるという頃に、岸隆太から電話が来た。隆太は北の大学に進学していたのだが、サークル活動が忙しくて帰省はしない筈だった。それが母親が入院したらしく、急遽帰省して来たのだ。容体が落ち着いたので大学へ戻るが、帰る前に会いたいと呼ばれて隆太の元へ向かった。半年ぶりに会った隆太は少し逞しくなっていた。サークルが空手部で、稽古に明け暮れていたので、筋肉が鍛えられたと笑っていた。お互いの現在の状況を語り合って、変わらぬ友情を誓い別れた。その足で花林へ向かった。まだアルバイトをしているとは思わなかったが、沙織が働いていた店を見たかったのだ。花林は一年前と変わらない店構えだった。中にいる店員は矢張り別人で淡い期待は打ち砕かれた。店先を通り過ぎながら、沙織の姿を思い浮かべた。いらっしゃいませ、と言う爽やかな声と明るい笑顔がよみがえった。

 

 9月になって僕は大学へ戻った。久しぶりに会う友人たちが殊更懐かしく思えた。帰省組は大方のんびり過ごしていた様で、河原崎傑も兼高亮も、どことなく浮ついているのが判った。講義が始まると緩んだ気持ちが現実に引き戻された。残暑が終わって吹く風が秋めいて来た頃、僕の元へ訃報が届いた。義母の父が急逝したというのだ。沙織にとっては祖父だ。帰省するかどうかは僕に任せる、と父は言った。血の繋がりは一切無いが、それでも義母の父親となれば、他人のような気はしない。迷いは無かった。