8篇 僕の恋の話 その8
芦田加奈子は僕の従妹だ。亡くなった母には妹が一人いた。母が旅館の跡取り息子と結婚した縁で、板前をしていた男性を紹介され、とんとん拍子に話が纏まったらしい。家も近くて僕と加奈子は従妹というより兄妹の様に育った。お互い言いたいことを言い合って、気兼ねなく付き合える間柄だった。年頃になっても相変わらず纏わり付かれても、物心つく頃からそうだったので、それが当たり前で、違和感を持つことなど無かった。僕にとって加奈子は一寸我儘な可愛い妹でしか無かったのだ。
紅葉が見頃だからと紅葉山へ誘われた時、大学の事で忙しかったので渋ったのだが、来年からは見られないかもしれないから、と言われれば断り切れなかった。まさか其処で沙織に会えるとは思いもしなかった。
気乗りのしない紅葉山だったが、綺麗な事には変わりなく、僕は持参したカメラで何枚も写真を撮った。自分も撮って欲しいと加奈子が山紅葉のしたで立ち止まった。二枚ほどシャッターを押すと、加奈子が駆け寄って来て、二人で撮りたいと言い出した。そういえば此れまで二人で写真など撮った事が無かったな、と思いながら振り返り、通り掛かった二人連れに頼んだ。
すみません、二人で撮りたいのでシャッターを押してくれませんか?
声を掛けながら息を飲み込んでしまった。沙織が立っていたからだ。
いいですよ。
沙織はにっこり笑いながらカメラを受け取ってくれた。慌てて山紅葉の下へ行き二人で並んだ。二度ほどシャッターを押してカメラを返して寄こした。
ありがとうございました。
僕は真っ直ぐに沙織を見て礼を言った。加奈子も隣で嬉しそうに頭を下げた。僕も会釈をしてさり気なさを装い其の場を離れた。