6篇 ひそやかな花のように その7
大通りへ出ると点滅していた黄信号が赤に変わった。一歩踏み出した足を慌てて戻した。ホッとして視線を前に向けた。頬が熱くなった。信号の向こう側に村瀬清彦がいたのだ。偶然の出会いは何か月ぶりだろう。ああ、良かった、まだ奇跡は続いていたんだ。細く続いている縁を確認出来て、喜びが沸き上がって来た。会社での出会いは無いのに、こんな場所で姿を見る事が出来るなんて、それだけで幸せを感じられた。だったのに一瞬で其の幸せは打ち砕かれた。信号待ちをしている清彦の側へ駆け寄った女性が千絵だったのだ。千絵が清彦の腕に触れようとした時、信号が青に変わって人が流れ始めた。私は前進する人の流れに逆らって背を向けてしまった。このまま二人とすれ違う勇気が無かった。
清彦は千絵と付き合い始めたのだろうか。千絵は綺麗だし、好きと言われたら断る男性はいないだろう。あんな風に並んでいると正直お似合いだと思う。一歩踏み出すどころか、二歩も三歩も引いてしまう自分なんて、誰かの隣になんて立てる筈が無い。それでも心の中で想うだけなら、誰にも迷惑は掛けないのだから、自分の気持ちを否定する事はしたくない。大事にしたいと思う。
仕事で忙しくしていると、清彦と千絵の並んだ姿を思い出さずに済んだ。思い出しても、胸の痛みを抑えられる程には、気持ちが落ち着いた。ただ千絵が清彦と付き合いだしたと、言って来ないのが不思議だった。良きにつけ悪しきにつけ、千絵は思った事を口にしてしまう性分だ。あれだけ好きと広言していたのに、付き合うようになったのなら、黙っている筈が無いと思う。思うけれども、千絵の方から何も言って来ないのに、此方から聞くのも変な気がして、触れる事はしなかった。
今年も暑い夏がやって来た。風が吹いても生温くて、体力が削がれる気がする。元気なのは子供たちだけの様だ。お盆になると家族3人で姉の墓参りをする。父も母も無言で手を合わせる。心の中では姉に語り掛けているのだろう。誰も口に出さないのは、何か言おうとすると言葉より先に涙が出てしまうからだ。何年たっても姉の事は思い出に出来ない。霊園の駐車場に停めてあった車に乗り込んで、動き出した私の目に映ったのは橋田肇だった。驚いたのは其の隣に村瀬清彦がいた事だ。姉の墓参りに来てくれたのだろうか。身内の為の墓参りなら家族と一緒に来る筈だ。堪えていた涙が一筋頬を伝った。