3篇 花を見つめて  その8

 

 美佐江が最近、私に美術サークルに入らないか、と誘うようになった。女子が二人しかいないので寂しいのだと言う。絵を鑑賞する事は嫌いでは無いのだけれど、描くのは苦手だったので断った。なのに忘れた頃に又誘って来るのだ。誘うのなら最初に言うと思う。なんで今頃になって、と不可解だったが、部員が少ないと勧誘を先輩から指示されるらしい。それを言ったら否定されたが、なら猶更受け入れる気にはならなかった。ふと兄の友人だと言う河原崎傑の事が脳裏をよぎった。美佐江が美術サークルの先輩だと言っていたけれど、頼まれた訳ではないよね、と思ったが直ぐ打ち消した。又ね、とは言われたが、美佐江を使ってまでは誘わないだろう。私などに興味を持つ筈が無い。

 

 アパートへ帰ると兄から絵葉書が来ていた。北の最果ての地まで旅をした様だ。青く広い海の写真だった。元気か?男には気をつけろ、と短い文章が書かれているだけだった。兄らしい文面に笑ってしまった。離れ離れになってしまったけれど、兄は何処にいても兄だった。辰雄はどうしているだろう。桜には会えたのだろうか。今になって桜の住所を教えなかった事を後悔している。

 

 夏休みが目の前に迫って来た。美佐江の知り合いが喫茶店を経営していて、アルバイトを募集しているので、働きたいのなら紹介してくれるとの事で、今日はその面接だった。都会は詳しく無いと言ったら、美佐江が心配だからと道案内をしてくれた。若い夫婦が二人で始めた店で、最近は客足も増えて忙しくしているそうだ。喫茶花菱と言う名前で、名字を其のまま店名にしたのだと言う。

 

 白い壁が爽やかな店構えで、外見はこじんまりとしていたが、中に入ると意外と広かった。ちょうど客足が途切れたところだったので、面接は直ぐ行われた。夫婦とも優しげで、難しい話も無く、働く時間や給料、どんな仕事をするのか等を説明してくれた。何だか面接をする前から採用する気でいたみたいだ。きっと美佐江の紹介だからだろう。とても信頼されてるみたいだ。始めるのは夏休みに入ってから、と言う事にして店を出た。美佐江は用事があるからと此処で別れた。

 

 来た道を見学するように見渡しながら歩いていると、その目の先に若い男女の二人組がいた。ドキッとした。女の人は知らないが、男の人は河原崎傑だった。まさか、こんなところで見掛けるとは思いもしなかった。いけないものを見てしまった様な気がして、慌てて横道へ飛び込んだ。ふと思った。なぜ私は隠れてしまったのだろう。