2024年1月:凍てつく新年と押し寄せる不安
年賀状を開いた瞬間、胸の奥が締め付けられるような複雑な感情が湧き上がった。この一枚を書いてくれた人は、どんな思いでペンを走らせたのだろう。今の自分には、そんな温かなやり取りすら重たく感じられてしまう。
本を開いても、文字を目が滑っていくばかりで、内容が全く頭に入ってこない。『リセットの習慣』という自己啓発本も数ページで挫折した。眠れることへの恐怖と、眠れないことへの焦燥。そのどちらに挟まれても、心は休まらなかった。不意に、職場での「次長からの降格」という現実が頭をよぎり、暗い影を落とす。
2024年2月:過眠という名の防衛本能
午前中は、ほとんど布団の中で過ごす日が続いた。どれだけ横になっていても、心が明るい方向へ向かう気配はない。歯医者の治療中、顔に布をかけられて真っ暗な視界の中でも、さまざまな不安や雑念が頭をグルグルと駆け巡っていた。
日記を書こうとしても、5行ほどで筆が止まる。書く気力すら残っていなかったのだ。 (※のちに知ることになるが、うつ病の時期に過剰に眠るのは、ストレスから脳と心を守るための防衛反応、「寝逃げ」と呼ばれるれっきとした生体反応なのだという。医師からも「今は過眠の時期です」と告げられた。)
2024年3月:会社を休んで一年
日記の文字は相変わらず短く、文字通りの意味で「書く力がなかった」ことが伺える。それでもちょこザップに通うことだけは、日課として細々と続けていた。
映画『夜明けのすべて』を観に行った。原作との違いに少し戸惑いつつも、精神的な苦しみを抱えて生きている人は、世の中にこんなにもたくさんいるのだと静かに思い知らされた。 上司から「またかけ直す」と電話があった日は、何を言われるかと身構えて、月ごとのメモまで作って待機していた。結局、その後の連絡は来なかった。
会社を休職し始めてから、気づけばまる一年が経とうとしていた。その事実が、心をさらに重い罪悪感で縛り付ける。
2024年4月:午前と午後の境界線
午前中はちょこザップに通い、午後はベッドへ倒れ込む。そんな単調な日々の繰り返しだった。日記のページには、同じような言葉が短い文字で並んでいる。
会社の定時である「8時半から17時半」という時間が、呪縛のように強く意識にこびりついて離れない。気分転換にと出かけた錦糸町のサウナ「ニューウイング」では、束の間ユニークな出会いに触れ、少しだけ心が軽くなった瞬間もあった。
2024年5月:焦りと、ぶつかる車体
土曜日の買い物さえも、今の私にとっては苦痛のイベントになっていた。 本を開こうとしても手がつかない。「こんな状態で、果たして本当にまた仕事に戻れるのだろうか」という不安が、絶えず頭をもたげる。身体の芯が常にだるく、強い気分の悪さと圧倒的な眠気が同時に襲ってきた。
妻から「半年前より良くなっているよ」と言われたが、当の本人にはどうしてもそう思えなかった。 ある日、ちょこザップでしんどくて走れなかったことを妻に話すと、「どんどん悪くなってない?」と返された。その言葉になぜか対抗心が火をつけ、「妻よりもっと通わなければ」という歪んだ焦りが生まれた。気がつけば、7日連続でジムに通い詰めていた。
その無理がたたったのか、車を家から出そうとした際、不注意で塀に車体を擦ってしまう。自分のコントロールが効かなくなっている焦燥感が、さらに膨らんだ。
2024年6月:崩れていく文字とバランス
寝室にエアコンが新しく設置された。その工事を巡って妻と意見がぶつかり、しばらく気まずい空気が流れた(私の思い込みかもしれないが)。
錦糸町の「黄金湯」の湯船は心地よく、心身を癒やしてくれた。 しかし、この頃の日記を見返すと、文字は乱雑になり、文章の繋がりもどこかおかしい。左手でお茶碗が持ちにくくなり、気づけば貧乏ゆすりも始まっていた。久しぶりに乗った自転車は、驚いたことにまともにバランスが取れなくなっており、赤信号の交差点をそのまま直進しそうになったところを妻に大声で止められた。冷や汗が出る。
自分で選んだ靴を妻に「無難だね」と言われた一言が妙に突き刺さり、なぜかアディダスというブランド自体が急に嫌いになったりもした。 お風呂に入っている間はいろんなアイデアが浮かぶのに、上がった途端にきれいさっぱり忘れてしまう。読んでいたはずの漫画のタイトルすら思い出せない。
それでも、朝8時頃に目が覚める日が増え、錦糸町の「ニューウイング」を再訪して少しだけ楽しむ余裕も戻ってきた。だが、口からは「もう次長としてやっていくのは無理だ」という弱音が自然とこぼれるようになっていた。 ちょこザップへの連続通算は11日を数え、目の調子も徐々に悪化していった。そんな中、上司からの電話があったが「面談をしよう」と言われなかったことで、心底ホッとしたのを覚えている。 修理に出した3万円のイヤホンは、見積もりだけで3万円以上かかると言われ、泣く泣くキャンセル料の3千円だけを支払って手放すことになった。