「薬でこれ以上の改善は難しい。仕事を調整して、休職なども考えたほうが良い」

病院の待合室で告げられたその言葉は、私の背中から最後の力を奪い去るのに十分だった。1週間休んでみても、良くなる気配はない。私は震える声で上司に「休みます」と伝えた。

不安が心のすべてを覆い尽くしていた。かつては土日だけに感じていた得体の知れない恐怖が、いまや平日をも侵食している。頭はまるで霧がかかったように働かず、休んでいるというのに「どう過ごせばいいのか」という新しい悩みに常に追い立てられていた。

2023年4月:罪悪感と運動

精神科のドアをくぐるだけでも、全身の体力を使い果たした。「好きなことをやっていたらいい」と言われても、何もできない。テレビをつけても、本を開いても、すぐに胸が締め付けられてページを閉じてしまう。面白いのか、つまらないのか、自分の感情の輪郭さえぼやけていた。

それでも、運動だけは続けなければという強迫観念があった。ジムに行き、買い物に出かけなければ、この足場のない世界で正気を保てない気がしたのだ。平日の昼下がり、人々が働く街を歩きながら、私だけが取り残されているという重い罪悪感が常にのしかかっていた。

朝起きるのが辛い。コンビニのATMで暗証番号を2回間違えてロックをかけてしまい、通っていたジムの閉店を知って茫然自失とした。そんな中でも、瀬尾まいこの『温室デイズ』だけは、どうにかページをめくることができた。

2023年5月:途方に暮れる午前11時

朝は11時まで眠る日が続いた。ベッドの中で横たわりながら、「このままで本当に治るのだろうか」「治ったとしても、またあの日々に戻れるのだろうか」という二つの恐怖が頭の中でぐるぐると渦巻く。

「やりたいことをやるのが休養だ」と医師は言うが、その「やりたいこと」が分からない。運転席に座れば仕事のことが頭をよぎり、GWが明けてもなお私に訪れるのは「明日も休みである」という不思議な、そして居心地の悪い空白だった。

義務感に背中を押されるように、午前はジムへ、午後は駅の方まで散歩に出かける。肩の荷を下ろせと言われても、その下ろし方そのものが分からなかった。

2023年6月:熱と焦燥

少し体調が良いと感じると、すぐによぎるのは「仕事に復帰できるだろうか」「やり残した仕事はどうなっているのか」という不安だった。

そんな矢先、38度台の発熱があり、コロナへの感染が判明した。体調のつらさ以上に、気分の落ち込みが激しい。妻が代わりに精神科へ行ってくれた。この頃から、自分の文字が目に見えて汚くなってきたことに気づく。本もダメ、テレビもダメ、横になっても眠れない。サウナの水風呂に浸かる気力すらない。

昼夜が逆転しているわけではないのに、夜になっても眠れず、1階と3階をただ1時間ほど行き来した。『流浪の月』を開いてみたものの、1行たりとも頭に入ってこなかった。

2023年7月:アカシジアの正体

ジムに行って帰ると、ほんのわずかだけ気分の悪さが和らぐことに気づいた。しかし、サウナは5分入るのが限界だった。ストレスのせいか、ペンを握る力さえ入らない。夜になると、じっとしていられぬほどの強いソワソワ感が体を襲い、クーラーの風さえも肌に痛かった。

病院で「それは薬の副作用かもしれない」と告げられ、該当する薬が中止になった。それがアカシジアという現象だと知る。文字がうまく書けなかったのも、その副作用のせいだった。薬を止めると、嘘のように体が落ち着き、眠れるようになった。江國香織の『東京タワー』を少しずつ読み進められるようになったことが、その頃のわずかな救いだった。

2023年8月:焦りと小さな旅

「ちょこザップ」に通うようになった。前のジムのようにはいかず、15分走ることから小さく始める。午前はちょこザップ、午後は散歩。そして、どうしようもないほどの強いのどの渇きに襲われ、トマトジュースを含めて1日に5本ものドリンクを飲み干していた。

何をして過ごすという悩みと、どうしようもない憂鬱さが混ざり合う。盆に実家に帰り、少しは気分転換になったはずなのに、会社から届いた面談の案内や「今年の講義もお願いします」というメールを見た瞬間、一気に調子が底へと落ちていった。

勝浦への家族旅行で海中展望塔を訪れ、お笑いコンビ「カミナリ」を見かけたり、美味しい海鮮を食べたりして束の間嫌なことを忘れたものの、カレンダーのめくる音がこれほどまでに重く感じられる夏はなかった。

2023年9月:上司からの留守電

「峠は越えている」と病院では言われたが、当の本人にはまったくその実感が湧かない。推しのSNSのおにぎりを見て少しだけ元気がでたかと思えば、イオンの喧騒の中で急に気分が悪くなる。

そんな不安定な日々のなか、上司からの留守電が入った。メッセージは何もない。ただ無言の履歴が、夕方から夜にかけて私の心を締め付け続けた。翌朝の電話で告げられた「来週の面談」という予定に、その後の1週間を完全に支配されてしまった。手の震えがひどくなり、文字を書くことがますます難しくなる。面談自体は雑談程度で終わったが、定時の17時半が近づくにつれ、言い知れない罪悪感が首を絞めてきた。

2023年10月:確定申告の重み

9月はあっという間に過ぎ去ったが、前に進んだという手応えはなかった。小説を読むときだけは不思議と罪悪感がわかず、瀬尾まいこの新刊に救われる。昼間にゲームやDVDを見ると「こんなことをしていていいのか」と心がざわつくのに、本を開いている時だけは許されているような気がした。

確定申告の書類整理に2時間を費やした。仕事に近いことをすれば満足感が得られるかと思ったが、現実は逆で、かえってエネルギーを吸い取られてしまった。休んでいることへの罪悪感は、形を変えて執拗に私を攻撃してくる。

2023年11月:手帳の前での迷い

「復帰しても、自分は会社の役に立てるのだろうか」

そんな疑問が頭から離れない夜、何度も目が覚めてはリビングのソファで体を横たえる。サウナの「草加健康センター」に行ってみたが、まだその心地よさを十分に受け止めるだけの余裕は心になかった。

病院で「リワークに通ってみてはどうか」と提案されたが、その仕組みを調べる気力すらわかない。買い物中に電柱にサイドミラーをぶつけてしまったことが、何日も頭から離れず、自らの不甲斐なさを呪った。手の震えはいよいよ収まらず、神経内科を受診すべきかと悩みながら、クロスワードの本をめくる日々だった。

---2023年12月:終わりなき迷宮のなかで

産業医面談、神経内科、精神科。不安の予定が立て続く。

ネクタイの締め方を忘れている自分に気づき、愕然とした。脳神経内科でMRIと血液検査を受け、「異常なし」と言われたものの、体のだるさと眠気は消えない。精神科の医師の言葉も、この頃はなぜかうまく理解できなかった。

クリスマスの記憶はなく、会社の最終日を迎えても、自分の席がどうなっているのか知る術もない。妻との間に生じた小さな摩擦に感情を爆発させてしまい、実家に帰ることもなく、静まり返った部屋でその年は幕を閉じた。

トンネルの出口はまだ見えない。それでも、今日という一日をどうにか生き延びたことだけは、確かな事実だった。