部屋の空気が、どこか冷たく、そして重かった。

初夏の足音が聞こえ始める手前の時期。外の風は心地よく、暑くも寒くもない、本来なら穏やかな夜のはずだった。

だが、私の内側は激しい嵐のなかにあった。

「じっとしていられない」

医学的な名前を、当時は知らなかった。ただ、その症状は容赦なく私を襲った。

ベッドに横になっても、数秒ももたずに体が勝手に跳ね起きる。椅子に腰掛けることなど到底できない。部屋の中を、行き場のない動物のようにただウロウロと歩き回る。気を紛らわせようとテレビをつけてみるが、画面の光と音の奔流に耐えられず、すぐに消す。

何をしていても、ただ、耐えるしかない。

夜が来るのが怖かった。眠りたい、けれど眠れない。体は極限まで疲弊し、脳は眠気を求めて悲鳴を上げているのに、体内の駆動装置が勝手に回り続けている。そして、どうしようもないほどの睡魔にどうしても抗えなくなったその瞬間、力尽きるようにして意識を手放す。そんな日々の繰り返しだった。

医師からは「とにかく寝て、十分に体を休めてください」と言われていた。

けれど、こんな状態で眠れるわけがない。病気が良くなるはずもない。

「この地獄のような感覚に、ただ耐え続けるしかないのだろうか」

絶望感に似た諦めを抱えながら、私は我慢する道を選んでいた。

があまりの苦しさに耐えかねて、私は臨時の受診をした。しかし、その時に処方されたのは別の睡眠薬の追加だった。

それを飲んでも、症状は一向に軽くならない。数日間の我慢の限界を超えて再び病院の扉を叩いたとき、医師の口から一つの可能性が告げられた。

「……もしかしたら、薬の副作用かもしれないね」

その一言をきっかけに、疑わしい薬を止めてみた。

すると、嘘のように、数日であの耐えがたい症状が消えていった。

あの時、薬の説明書には確かにこう書かれていた。

——じっとしていられなくなった場合、使用をやめてください。

それまでの私は、説明書に並ぶ数々の副作用の注意書きを、どこか他人事のように眺めていた。一般的なことばかりが書かれていると決めつけ、あまり熱心に読まれていなかったのだ。

けれど、あの経験以来、私の世界は変わった。

新しい薬を処方されるたびに、説明書の文字を隅から隅まで舐めるように読むようになった。「じっとしていられなくなる」というあの恐怖の言葉が書かれていないか、目を凝らして確認する。

薬袋を開けるたび、心の底から祈る。

どうか、あの症状だけは出ませんように。

「もし、少しでもあの気配を感じたら、自分の判断ですぐに飲むのをやめてやる」

それほどの細心の注意と、ある種の警戒心を抱くようになった。

幸いなことに、あの日以来、二度とアカシジアの悪夢に見舞われることはなく、私は今に至っている。

これから先も、きっと薬を飲む機会はあるだろう。

その時は必ず、使用上の注意をしっかりと読み込んでから口にする。あの夜の苦しみが教えてくれた、ささやかで、しかし決して忘れてはいけない教訓を胸に抱きながら。