今晩は、所沢市田中則行です。アクションスターとして日活映画の黄金期を支えた“エースのジョー”で知らしめてきた俳優・宍戸錠さんが亡くなられました。享年86歳でした。

(ドコモdメニューニュース内 毎日新聞・21日報道発表)
宍戸さんと言えば丸く膨らんだ両頬がトレードマークでした。その頬はご自身の決断で踏み切った整形手術で生まれ、役者としての活路を切り開きました。宍戸さんの役者魂が詰まった頬の歴史を毎日新聞の過去記事を基に振り替える。



日大在学中の昭和29(1954)年、20歳の頃に日活の第1期ニューフェースに合格。当初は線の細い二枚目スターとして売り出されました。宍戸さんは23歳の頃に最初の整形手術に踏み切り、2年後に2度目の手術を決行しました。



後に宍戸さんは整形した理由について「映像になった宍戸錠の顔を、自分の中で理想としている宍戸錠の顔のイメージに近づけること」に拘ったと説明。「当時は俳優としての内面の変化よりも、外形的な顔の形態の変化を求めたわけですよ」と答えている。

この決断は吉と出る。日活のアクション映画の中でハードボイルドなイメージを生かし、アクの強い役が次々と舞い込むように。「エースのジョー」と呼ばれ、親しまれた。路線変更に見事に成功したと言える。ただ、後の取材には「それはそれでいいんですが、一方ではもし整形しなかったら、もっと凄い俳優になれていたかも知れないって言う意識も常にあったんですよ」と打ち明けている。



宍戸さんは平成13(2001)年3月、3度目の手術に踏み切る。今度は摘出手術を受診して、44年10ヶ月付き合ってきた、頬を膨らませていた物体を除去した。俳優としての一時代を築いた顔だけに、ご家族や事務所には強く反対されたと言う。それでも踏み切ったのは、やはり役者としての「顔」への拘りであった。

「理由の一つに、僕は70歳を前にして普通のジジイの顔になりたくてやっただけ。と言うのも、3年続けて脳卒中や脳梗塞で倒れると言うテレビドラマの役をやったことがあって、倒れるまではいいんだけどリハビリの時には(頬を膨らんでいると)元気すぎて難しいんですよ。前のままでもできるけど、自分の中でそれは違うと言う感覚があって。で、取ってしまって、老人顔のきちんとしたものをやってやろうと思った訳です」

強い役者魂を感じさせるエピソードでした。自分が目指すべきイメージがあり、どこまでも前向きで計画的な面が宍戸さんらしい気がします。





昭和年代からの伝説のアクションスターとして、またエーススターとして有名であった宍戸錠さん。3回も手術を受診しながらも役者としての一時代を築き上げた凄みが驚異的でしたね。宍戸さんのご冥福をお祈り申し上げます