泣くのなら思い切り泣きたいと思い、
次の日も早朝から現場に行きました。
たぶん着いたのは朝の9時ごろだったと
思います。
前日にあれほど居た報道陣も、
もう居なくて、ビルの前には2ヶ所に
別れて花束とかが増えていました。
アクションカメラのグラビアページを
前日に供えてあげた花束に貼り付けて、
"かずみさんいつまでも忘れません"
とメッセージを書いておきました。
ビルの前では、立ち止まって見上げたり
供えた花束とかを見たり、
人が通るたびに、心が痛みました。
辛く悲しく耐えられない光景でしたので
前日と同じ、反対車線の歩道側で
ビル全体が見えるところで、座り込んで
かずみさんの歌を聴いて、泣いて泣いて
生まれてからあんなに泣いたのは初めてで
息も詰まって、声も出るくらい
本気で泣きました。涙を拭くのも
無駄なくらい泣きました。
朝から座っていたのは自分だけでした。
日中はファンの人達も歩道側で座ったり
立ってたり、立ち止まっていました。
この日は、新聞記者の方と女性週刊誌の
記者の方が、立ち止まっている人に
声を掛けていました。
この日と前日にしか、あの現場には
行っていません。
あれから25年経ちますが、今だに現場に
行っていません。
報道陣の方に教えてもらった、現場での
いくつかの痕跡も見てしまい、
報道陣に囲まれたことや、
ビルを見ながら心を痛めて泣いた、
あの時の全てがフラッシュバックして、
ガラスの夏~バイバイラブ~これきり~
星の歌~メディテーション~夢風船、
かずみさんの歌を、全曲を何回も
リピートして、ビルを見ながら
どれだけ泣いたか。
だから現場には、この先も行けそうに
ありません。
あれほど泣いて苦しんだことなかったから、
今だってこの文面を、ほんの少し前の
出来事のように書いていますが、
やっぱりあんなに高い所から…と、
思ったりすると涙が溢れてきます。
でも当時に、あの現場に行けて
いちばん最初に花束を供えてあげれて
良かったと思っています。
この日に、取材をされた記者の方、
たぶんスポーツ新聞の方だったと
思いますが、この現場の取材を終えたら、
かずみさんのお通夜の取材に行くので、
自分に、かずみさんの
お通夜の場所と時間と、告別式の場所と時間
を教えていってくれました。
記者の方から、この後どうするの?
と聞かれたけど、そのときは泣いていて
頭が真っ白でうまく答えられなかったです。
記者の方がすごく優しくて、
あんまり無理しないで、ゆっくり考えて、
って背中を優しくたたいてくれました。
そのときは15時ごろで、
かずみさんのお通夜は、18時からで、
きっと警備も相当されてるだろうなぁ、
遠くから見えるか、入れるか、
も解らず不安で諦め半分でした。
そう思い、その日は夕方で帰りました。
帰ってから、記者の方に教えてもらった
かずみさんの告別式の場所と時間。
たとえ小さくても遠くても見ておかないと
後悔すると思いました。
