母の叔父にあたる方を
私は
『須磨のおじいちゃん』とよんでいた

おじいちゃんが愛して育てていた
テイカカズラ
我が家で
数十年にわたり
毎年、花を咲かせてくれる
奇跡の花…
(以前、ブログで書いたように
 私は、よく花を枯らす…💦💦💦)

そんな
我が家のベランダで
おじいちゃんの命日近くなると
花を咲かしてくれるテイカカズラ


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小学生の夏休みは
自由課題の参考にと
毎年
手作りの工作作品と
作り方を送ってくれた
えーっと💦
それを
まるで
自分が作ったかのように
提出していた😅(おじいちゃんごめんなさい🙇‍♀️)

成人してからも
若い子が持ちそうな物やけど
気にいるかなぁと
言いながら
ポーチなどを送ってくれた

頑固な人で
晩年は
息子さん家族とは同居せずに
一人で暮らし
中国語を勉強したり
手作りのものを
黙々と作っていたようだ

親族の集まりにも参加はしなかった
だけど
決して冷たい人ではない
何か
自分の哲学、考えがあったのだと思う

私が
化粧品メーカーの美容部員で
百貨店に勤務していた頃
急に
キチンとした服装をして
見に来てくれ
帽子をぬぎ
私や、他のスタッフに
深々とお辞儀をして
帰って行った
女性ばかりの売り場には
来ずらかっただろうに…

あまり
人に会わないおじいちゃんの元気な姿を
見たのは
多分それが最期

その後
ガンを患い入院し
当時付き合っていた
今の夫とお見舞いに行った
凄く
照れ臭そうに笑い
キチンと夫に挨拶をしてくれた

亡くなった時は
ご近所のご家族
子供達がたくさん来ていた

いつも
私達にしてくれたように
色々と
手作りのものなどを
届けていたようだ

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おじいちゃんの
心の奥が
あたたかくなる思い出は
いつまでたっても忘れない

今年も咲いてくれてありがとう
テイカカズラ
おじいちゃん
ありがとう