ここに中国での様々な問題やわたくし個人の見方を書きます

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  中国では、誰もかもが社会的な地位と家族(親や姉妹と兄弟に限らずおじいさんやあるいはもっと前の先祖にさかのぼって血でつながている全ての人々を家族と呼びます)内での地位や人からの目線を気になっております。これによって、自分自身の尊厳や名誉を守るため、あるいはだれかに侮辱、いじめされた場合に取る行動がほかの国の人より過激極めないだと考えできます。

 

   もちろんそういう行動を取れない人や、穏やか住むやかな環境を作り、人とのもめごとを極力避けている人もいるとの所存ですが、未だにそういう人が中国全体の人口に低い割りしか占めていません。そのわけにで、中国人は大体外国の人から怒りやすい、怒ったら怖いのようなイメージを不本意でも付けられました。

 

   それも揶揄していることでもないと思いますが、その中にもすくないでもそういう人とはちがう生き方をとっている人も見られています。まだ中国の環境に耐えられなくで移民することもに21世紀の始めから続々増やしています。

 

   ではここで、果たしてなぜ中国人が地位や名誉のため全身ほどのちからを尽くす、なんとしでも守りたいのか、その深い訳を述べさせていただきたい。

 

   中国人の意識と考えにで、家族という単語は自分や自分に血縁近い人だけではなく、血縁遠くでもその人を親戚だと見られています。私から言うと、みんな血縁に縛られていて、その現状を変えること出来なく、もしそんな「縛りたくない」目上の人に年下のやつから自分を逆さることを口に出したらきっと非難されるだろう。

 

   そう、中国では若者たちがそう思えなくとも、「不敬」という単語の定義「年寄り」が決まられています。したがってこういう家庭と家族を主にして、責任が妻子供やおやに限らず、ほかの親戚にも広かる文化で育った人々は、知らぬ間にその色を身に滲んでいて、跡が付けられました。そこから派生したのは、お祭り、文学、音楽などなど少なくともまだ少数派で言われる若者たちが古臭い文化や習慣を詠えるものであります。それでこの文化もだんだん強くなるでしょうと、知らない人からきっとこう言いますが、私としてはそのようなことは見当たりません。

 

   先輩と後輩たちが平等ではないってことは全世界でも同じだと思いますが、欧米はその傾向がアジアより軽いと思うけれど、日本は中国よりましてそっちのみちに走っているんじゃないでしょうか。ただ私が言いたいのはこれではなく、もっと酷いと思われることです。

 

   先輩と後輩は主に年齢で分けています。目上の人を敬うことはみんなに素晴らしいと言われる、それがだんだんしなければいけないことになっています。それに対して私からは何も言うことがないけれども、ただ不快なのは敬うという言葉の定義なんです。

 

   さっきほど言ったとおり「不敬」の定義は大人が決める、つまり「敬う」もそう。一体どこまでが不敬なのか、どこまでがちょろいなのか、どこまでが尊敬なのか、小さいころからそれを分かっていない子供は親からきりのない説明でどんどん知っていきますが、親も「老人を尊敬することこそ我々の文化だよ」って教えて、あまりにも便利の言葉なので、尊敬を「私の言うとおりに従える」と説明することも少なくないと思われます。

 

   おやは子供もにしたいことに子供が反論や疑問出した時教育や説明に怠けて、「もし私の言うことの従えないとそれは不敬だ」という言葉を安くに使えう。そこから始め、おやや老人を敬うことが美徳で、それを教えていたら、まだおやから価値観を押し付けられ、まだ親戚からも親代わりのようにいろいろ本当に正しいことかどうかもわからないことを教えて、それが尊敬っていう理由で強引に覚えるさせます。

 

   まだその育つ方で、子供とおや、中国式家族の繋がりを深める一方になり、中国人はほかのだれかを嫌いになったらきっとその人の親や家族までののしる。中国で、人は一人ではなく、家族全体の一部だと考えていることの証拠ではありませんか。

 

   逆に言うと、もし家族のだれかが犯罪でも犯したら、家族全員が社会に非難されることもあります。親だけではなく、親戚もそうなります。もしだれかが名を立てて、出頭したら、親から親戚まで社会から名誉というものを味わせる。「家族に栄光を加えたね」で言いながら、なにかメリットを要求する。それを与えないと、ほかの人にせこいやつに形容されることもこの国から絶えずに存在しています。もし手に入れた地位を無くしたら、非難と叱るの声も殺到し、この土地に居づらくなる。ここにいる限り、きっと大きな家族のメンバーにあうでしょう。

 

   これが、中国人が社会的の地位を守る一番の動機だと、私は思えます。