4/2、4/3

息子が友達兄弟と

大分旅行に行くというので

家にいたくなくて

泊まりがけで福岡の姉宅に行った。



ちなみに

今回は

片道3時間かけて

車で下道で。







去年の夏

父親のお骨を

納骨堂からお墓へ移すことなったとかで

姉と連絡を再開することになり



お互い最初はぎこちなく

今でももちろん

お互い

何もかもがスッキリしたわけではないけど



あの時は頭ごなしに否定して

悪かったと思う

みたいなことを言ってくれたから



姉とは

それ以来

「疎遠」ではなくなった。







瞑想コーチのセミナーを受けた時に

スピリチュアルの云々を

受け入れてはくれなくても


「そこは理解できんけど

 あんたはあんたやもんね」と


ただそう思ってほしかったんだと


そんなことを伝えた。







ただ

「疎遠」ではなくなったけど



「でも姉ちゃんの前で

 スピリチュアルの話はせんで」

と言われていて



そう言われると

そうするしかなくて



それは暗黙の空気で

姉だけでなく

姉の家族の前でもそうだし



もっと言うと

自分の家でも

(旦那とは必要以外口をきかないし)

息子もそういう話は嫌がるから



自分なりの目線で

何かを話そうとすると

飲み込むしかなくなることがあって


とても苦しくなってしまう。







スピリチュアルって

言葉だけでもう

なんか世間的には怪しいみたいな

そういうヤバいジャンルみたいな

イメージあるけど



別にフワフワした

不思議な世界の話とかじゃなくて



科学とも

心理学とも

未だ解明されていない

脳の謎や宇宙の謎とも


本当は全部繋がっていて



だから

真理の探求っていうか


いや、もちろん私だって

何もかもがわかったわけじゃないし

腑に落ちたわけでもないけど



そこに真実があるってことは

もう間違いないのに



そこに触れている人達はみんな

何かしら

「気付いた」人達なだけなのに



変人扱いされたり

否定されたりするのが


とても悔しい。



そこに触れている自分を

隠さないといけないことに

物凄いモヤモヤを感じる。







自分が自然に話そうとすることを

飲み込まないといけないということは

自分の一部を

隠さないといけないということで



それって

私だけど私じゃない。







姉も姉の家族も

みんななりに

私のことを思ってくれているのも

わかっている。


みんなで笑って

楽しい時間もたくさんある。



だけど


私が私のままでいられない瞬間が

度々あることに

どうしても

窮屈さを感じてしまう。







旦那や息子の前でも同じ。


私が私でいることを

受け入れてもらえないのなら


それはもう

私の居場所とは言えない。







私が私のままでいてもいい場所

私が私を隠さなくていい場所

私が私らしくいられる場所



そんな場所で生きていたい。