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2012年 ボランティアバス 現地視察報告

災害支援くしろネットワーク
支援隊本部リーダーの中野元です

皆さん大変ご無沙汰しておりました
東日本大震災から1年以上がすぎました
3月11日には多くの方々が一年前の惨状を振り返り
思いを新たにした事と思います

くしろネットでは今年度5月のゴールデンウィークに復興支援活動を再開するため
4月6日7日の二日間現地の活動調査を致しましたのでご報告致します

4月5日木曜日 21時45分苫小牧発のフェリーで八戸に向かいました
今回のフェリーは既存の就航船ですが、あまり揺れることもなく無難な航海でした。
8日からは新造船シルバープリンセスが就航する事になっております
参加予定の皆さんは川崎近海汽船のHPで確認して下さい

朝4時45分に八戸港に着き、5時過ぎに釜石を目指して出発しましたが
青森県内で雪の為に事故が発生し、高速が使えなくなってしまい、一般道を走りました。
その後も雪がひどくなり、大型トラックが何台も路外に飛び出すひどい状況でした。
高速道路に復帰した後も積雪が多く、盛岡あたりでようやく路面の雪がなくなりました
やはりこの時期でも東北に車で行くのは安全上問題があります

午前9時頃に釜石VCに到着、北上市ハンズの菊池理事長と再会し、連休中の段取りついて打ち合わせをし、陸前高田と釜石での作業マッチングと現地での車両手配をお願い致しました

VCでの登録後、個人ボランティアチーム7名でコンノ商店さんの倉庫の片付けに派遣されました
作業は古い住居に保管してあった商品を新しい倉庫に移し、解体予定の住居を整理する作業でしたが、約1時間半で終わる軽作業でした。後半雨が降り始めましたが、皆さんめげることなく作業を終えることができました。
依頼者のコンノ社長はめちゃめちゃになった釜石商店街の真ん中で贈答品を扱う商売をされていたそうで、津波で妹夫婦など親族4名や従業員数名を亡くされたそうです
店舗はもちろんアパート、倉庫も被災されたそうですが、ボランティアの助けも借りて、昨年6月には釜石で一番早く店舗をリニューアルして商売を再開されてきたそうです。
昔からいつか津波がくると親に教えられてきたと語られていました。大変力強く生きられている方で本当に勇気づけられます。

午後からは郊外の仮設住宅から、町の中心部の仮設住宅への引越に派遣されました
昨年最後の作業も引越でしたが、最近は引越が非常に多いと聞きました
今回はボランティアが10名位いて、明らかに多すぎると思いましたが
思い他荷物の量が多く、人数が多すぎることはありませんでした。
作業は約1時間で終わり、14時には解散となりました。
本日は一日軽作業でありましたが、早朝から車を運転したので丁度いい感じです。
しかし、釜石にはあまり多くの仕事はなさそうな感じで、多人数を必要とする作業はほとんどないと考えた方がようさそうです

釜石をあとにして遠野向かい、久しぶりに吉田さんにご挨拶しました。
ゴールデンウィークに自治会館に使用をお願いしたところ、快くお引き受け頂けました
いつも本当にありがとうございます。

この日の宿泊先たかむろ水光園は昨年後半浴場として利用していた所です
浴場も昨年は18時~19時に清掃のため使用できず、結構不便でありました
今年は使用時間の制限がなくなり、サウナもついており概ね快適なお風呂です。トロン温泉という事ですが、自噴の温泉ではありません。HPでご確認下さい
食事は旅館のお膳という感じで、結構立派なものでした。
部屋も予想に反して大変きれいでしたが、布団が1枚で枕も堅く、ふんわりした布団枕で寝ている方には寝心地が悪いかもしれません。ご自分の枕持参をおすすめ致します

7日は7時過ぎに水光園を出発し、陸前高田VCに向かいました。昨日は雪が降ったようで峠道は路面凍結しており、下り坂は滑って大変危険でした。
約1時間で陸前高田VCに到着、バスが6台ほど、来ており、本日の登録は200名以上だそうです
東京からのボランティアバスは80名、ブリジストンタイヤ、工業高校などが団体参加しており、活況を呈しています。昨年の多いときは1000名を超えるボランティアが集結しており、ここは被災地でも一番人数が集まるVCの一つです

個人で登録し、個人ボランティアは約30名で2班の分かれ作業しました

オリエンテーション終了後、参加者の車に分乗して出発、現地に着いたのは10時30分頃でした
依頼者の奥さんの指示で以前住宅が建っていて、今は何もない土地に小さな畑を作りたいとの要望でしたが、希望の内容は30分で終わってしまいました。その後その土地の瓦礫撤去を行いましたが、次の現場が決まったとの事で、かなり中途半端な感じで、12時に撤収しました。
同乗者3名をのせて近くのスーパーでそれぞれ、適当な昼食をとり、13時前に次の現場に集合しました。そこはホテルキャピタル1000の近くの側溝清掃です。
午前中より東京からのボランティアバス80名が投入されており、かなり作業は進んでいました。釜石商店街の側溝とは違い、砂がたまっているだけなので、作業は比較的スムーズでした
人数が多いので、どんどん作業が進み、14時前には全て完了になってしまいました。リーダーの判断で本日はこれにて終了という事になり、早々と撤収です
VCに戻り、道具を清掃し、15時前には解散となりました。
本日の作業時間は実質約2時間という感じです。しかしながら、かなりのペースで土木作業をした結果やはり足があとから痛くなりました。土嚢は10k以上あり、側溝のフタも重かったのでこれを終日やると大変な事になるはずです

作業終了後は遠野に戻り、本日はビジネスホテルに泊まりました。
夜は遠野名物のジンギスカンを頂きました。

翌朝は久しぶりに自治会館にお邪魔して吉田さんと寝具の確認を致しました
だれが泊まることになるかわかりませんが、依然と変わらず宿泊はできそうです

一応現地確認の結果、陸前高田では肉体労働系の作業が継続的にありそうです
ハンズの菊池理事長にマッチング依頼したので仕事の確保はなんとかなりそうです
フェリー道路などの経路状況、宿泊施設の確認も終了しました
これで行程、部屋割り、現地車両手配の情報も確保できましたので
4月30日よりの4泊5日のボランティアバス催行は可能と判断致しました

最終的な催行人数はバスの定員、宿泊施設、現地情報などを
全て整理したのち決定したいと考えております

催行人数決定後、参加者の皆さんには改めて情報をご提供致します
ご参加が決まりました皆様には説明会にもご出席よろしくお願い致します


災害支援くしろネットワーク
支援隊本部リーダー 中野元











今日の三陸地方をご覧頂いてきた皆さん

くしろネットワークHP 
今日の三陸地方をご覧頂いてきた皆さん


11月7日をもって約半年間くしろネットが利用させて頂いた遠野キャンプを撤収し帰還致しました
これまで現地調査隊3隊、災害支援隊23隊 合計26隊が岩手県山田町、大槌町、釜石市、陸前高田市、宮城県気仙沼市までの三陸沿岸被災地で災害支援ボランティア活動に参加致しました
参加されたボランティア隊員の皆さん大変ご苦労様でした

又、ご協力頂いた、釧路管内並びに東北地域の個人、団体、企業の皆様、そしてくしろネットの個人、団体、企業法人会員、並びに赤い羽根中央募金会の皆様には、派遣を支える多額の資金提供を頂き、本当にありがとうございました。
お陰様で多くの学生さんを含め170名を超える有志のメンバーを7ヶ月間にわたり災害支援ボランティア活動に派遣することができ、少しでも東日本大震災災害復旧のお役に立つことができました。
心より御礼申し上げます

現地での復旧作業は今後も継続されますが、先月末被災地での象徴的な存在の一つであった釜石港の大型貨物船が海に戻り、多くのVCも登録方法が予約制に変わるなど、現地の状況も一区切りがつき、ボランティア活動のニーズもさらに変わろうとしております

くしろネットの活動も、現地のニーズを再確認し、我々のできる支援活動の方法を再度皆さんとご相談した上で、今後の活動の方向を考えていきたいと思います

重ねましてこれまでのご支援ご協力に感謝申し上げます
ありがとうございました

支援隊本部リーダー
世話人代表代行 中野 元

「希望の一本松」

 多くの人が体験できないようなことを体験させて頂いて本当に感謝しております。
ありがとうございました。

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 「いつまでもこの思いを忘れないように、常に考え続けて未来の子どもたちに繋げていけるように、今後の生活をしていきたいと思います。」
第23次隊 釧路教育大学 萬 拓馬
  


                           更新:世話人隊員・会員募集チームリーダー 表 共良

遠野を出発します

昨日は夕方いつも連携して活動しているハンズの菊池理事長が遠野キャンプに寄って、吉田さんと一緒に引き継ぎに関する簡単な打ち合わせをしました。ハンズさんは冬の時期は道路が凍結するため、宿泊拠点を遠野に移して活動したいとの事で12月以降、引き継いでボランティアの宿舎として使用することになり、電子レンジなどの調理器具はそのまま使用して頂くことに致しました
遠野の皆さんには何かとお世話になりますがよろしくお願い申し上げます

佐々木君は今後のハンズとの連携について打ち合わせも兼ねて、北上で菊池理事長と平野事務局長と会食することになっており、昨日夕方遠野を出発しました。

本日は川本さんに紹介頂いた地元のダスキンさんに室内清掃をお願いしました
約半年お世話になった遠野キャンプ
これからPCなどを撤去して撤退します

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又、来年時期を見てこの地を訪れたいと思っています
吉田さんも北海道にいらした時は必ず釧路によって頂けるそうです

ハンズの和田さんも釧路のメンバーに又会いたいとの事で今月の慰労会に来てくれる事になりました

今までまったく知らない町でしたが、大変身近に感じられる土地になりました
遠野は町中に歴史を感じさせる建物や施設が多数あります
皆さんもいつの日か民話の里”遠野”に再訪しゆっくりと町をみて下さい

では出発します

Gen

最後の活動

6日 日曜日
天気予報は小雨でしたが朝は雨が降っておらず
少なくても午前中の作業はできそうな天気です
但し、気温は低く皆さん寒そうです

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釜石VCについて頂いた作業は仮設住宅から仮設住宅への引越しでした
内容を見ると、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、電子レンジ各1台ということで4月に初めて釜石に来た時の冷蔵庫、畳の廃棄の指示書を彷彿とさせる内容でした。
あの時は10分で作業が終わってしまったので今回も相当軽い作業との認識で現場に向かいました。
現場は釜石から約20分ほどの場所で町からはかなり離れており、周囲には商店などなにもないところです。仮設住宅はその周辺に団地のようにいくつもの群れがあり、しかも道路が異常に狭く、依頼者の佐々木さん宅にたどり着くのに大変苦労をしました。

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仮設住宅には初めてお邪魔しましたが、狭いながら内部はしっかりしており、クーラーも設置されています。自家用車も結構とまっておりますが、もちろん車のない人もいるでしょう。
運んだ冷蔵庫は入り口の出し入れもやっとという大変大きく立派なもので、テレビもしっかりしたテレビ台のついた32インチのもです。佐々木君によると全て赤十字のシールが張ってあり、おそらく支給を受けたものと思われます。小さな冷蔵やテレビを想像していたので少し驚きました。
念のためブルーシートとロープを1トン車で持ってきていたので固定して狭い悪路を移動できました。
結構なお仕事でした。

佐々木さんご一家に感謝をされながら、なぜ仮設から仮設に移動するのかお聞きすることもなく失礼をしてしまいました。周囲になにもない仮設住宅のおかれている環境は厳しいな~ 
と被災者の皆さんのご苦労を垣間見る思いでした。

VCに帰る途中、明輝高校野球部と堀田さんチームが作業をした海沿いの側溝を確認してきました
大勢でずいぶん作業ははかどったと聞いていましたが、土嚢も全て撤去され、側溝が本当に綺麗になっておりました。皆さん改めてごくろうさまでした。

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釜石VC近くでのよくイベントをやる場所では埼玉から来たJCの炊き出しが行われていました。
ハンズで仲介の手配をしているとのことで菊池理事長の話によると、埼玉から日帰りで来ているそうです。特大の鉄板にスコップでチャーハンを作っていて楽しそうでした。一般市民が大勢きており、物品支給もしていました。岩手に入るJCの災害支援はほとんどハンズ経由のようです。

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お昼には釜石社協の局長に金安さんからお預かりしたパンジーを佐々木君がお渡ししました。残り5000株のお届けに関して打ち合わせをするとともに今後のボランティア支援についてのお話をお聞きしました。釜石はかつて10万近くいた人口が30年で約半分の4万人台になり、岩手県内でもっとも自殺者が多い地域だそうです。今後津波から生き残った人達が希望をもっのて暮らすことができるのどうかが一番の問題でなくなった方の後を追う人達がこれから増えることを大変心配していました。午前中見た仮設での生活を始めた人達を長期的にサポートする生活支援活動がこれから必要とのことでした。

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午後はかなり時間が空きましたが、午前とは別の地域の仮設住宅の物資支給日とのことで市内から15分ほどの平田という場所の仮設住宅団地に行きました。ここはかなり多くの住宅が立ち並んでおり、どのくらいの人が生活しているかわかりませんがすでに多くの人が物資配給の為に並んでいました。

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到着後すぐに支給物資の陳列が始まりましたが正直言って驚きました。それはやはり4月の最初の活動で我々が整理した物資倉庫にあったものと同類の衣類、食器、カイロなど、あれらのものはもうすでにいきわたり、もう必要とされなくなったとばかり思っていました。考えて見れば狭い避難所では必要なくてもそれぞれが暮らす仮設住宅では食器も含め必要とするものは又変わってきているのです。

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支給が開始され、私は食器のところにいましたが、こんなものがと思われる灰皿までほとんどの食器をみなさんもっていかれました。我々が今日お渡ししたパンジーも希望者に配られ全てなくなりました。

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途中から雨が降り出し大混乱しましたが衣類を除くほとんどのものがなくなり、後ろの人達にはあまりものがあたらなかったようです。残念な事にもののとりあいになったり、せっかくもらった物資を人にとられる人まででてきて複雑な心境でした。

佐々木君は雨具を着ずにいたためずぶぬれになりました
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本日の活動終了しました
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くしろネットのこれまでの現地活動は他のボランティアも同様でほとんどが瓦礫、泥の排出撤去作業でありました。
我々が作業をした多くの地域は全てがなくなった壊滅地域ではなく、我々が接した被災者の方も総じてお元気な方々でしたが、辛うじて家屋が残った、しいて比較すれば被害が多少なりとも少ない人々が多かったのかもしれません。
現在仮設住宅にいる人々は全てを失った人々が多く、以前は避難所にいて、我々の中では接点が少ない被災者の皆さんだったのかもしれません。
はからずも今回、4月の作業を思いおこされる活動をし、衝撃を受けました。
支援活動に終わりはない!と感じた1日でした

続きは又明日


くしろネットワーク
支援隊本部 リーダー 中野 元

遠野にきました



本日お昼過ぎに遠野に到着し佐々木君と合流しました
色々ご迷惑をおかけしたお隣にご挨拶をした後、佐々木君と陸中山田まで視察に行きました
なんと山田駅が跡形も無く撤去されていました
さらにポルシェが乗り上げていた湾内の老人ホームも完全に撤去されていました
山田町の災害支援には佐々木君、中野、本間チームで1回参加しただけですが
4月最初に佐々木君の知人を訪れたのが山田町でした
山田町はほとんどの瓦礫ごみが片付き、壊れた工場の修繕工事が行われるとともに
山田の湾内には牡蠣の養殖いかだが多数設置されています
牡蠣のいかだは最盛期の1/6程度だそうですが、復興の歩みを感じることができました

遠野キャンプの撤去作業をした後、佐々木代表がどうしても食べたいということで
吉田自治会長と井田総務会長をお誘いし食肉センターでジンギスカンを頂きました。
遠野のジンギスカンは何度食べても格別です

雨が降り始めましたが、明日は釜石でボランティア活動をさせていただきます

Gen

第23次隊 活動終了 !!

▼ 11月1日 ▼

遅くなりましたが、第23次隊最終日の様子を報告します。


お世話になった遠野キャンプの掃除を済ませ、釧路に向かいました。

途中宮沢賢治童話村により、とても綺麗で幻想的な賢治の世界を堪能しました。

10時間を越える時間JRにゆられ、無事帰釧しました。

おつかれさまでした(^^)





さて、5月から始まったこの災害支援くしろネットワークの活動は今回ですべて終了となります。
第1次隊~第23次隊まで、多くの方が釧路から岩手と宮城に行き、ボランティアをしてきました。

私たちに出来る事は何なのか、今後どのように過ごしていくべきなのか、
たった5日間でもたくさんのことを考えることが出来た時間なのかなと感じます。


災害支援くしろネットワークの活動は終了しても、復興は続きます。
距離は遠くても、私たちに出来ることを探していきたいですね。



最後に、このような場を提供してくださった災害支援くしろネットワークのみなさん、本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした。


大変充実した時間を過ごすことが出来たとともに、TVだけでは知ることが出来なかった現実を目にすることが出来ました。

素敵なメンバーと出会えたことも、大切な思い出です。


またそれぞれが自分の日常へと戻りますが、わたしは今回のことを忘れません。


最後に、みんなを乗せて走った車でお別れします。
拙い文章を読んでいただきありがとうございました。

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文責 七木田

第23次隊 帰還

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最終の第23次隊 JR釧路駅 21時43分 帰還 目
※ 富樫隊長は所要のため1日早く帰還され、舞島さんは所用のため盛岡駅でお別れしました。

富樫隊長、及川副隊長、成澤弘明さん、舞島弘平さん、萬拓馬さん、七木田君恵さん、お疲れ様でした。 ニコニコ




【 世話人、市民会員募集中 】
お問い合わせは先

災害支援くしろネットワーク
世話人隊員・会員募集チームリーダー 表 共良 にひひ
℡ 090-3118-2033
E-mail parts@carshop-omote.com

10月31日 活動報告


今日の天気は朝から雨でした。
本日も前日に引き続き、陸前高田のボランティアセンターから朝礼が始まり、その後のミーティングを行いました。

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今日の活動は依頼主さんが震災が起こるずっと前から何年もかけて少しずつ大切に大事に育て手にかけてきた庭の再生を手伝わせていただきました。
きっと、1年ないしは2年後に元どおりになるようにと想いをこめて僕たちは全員で活動を黙々と続けました。

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下が今日の活動した内容です。

依頼主さんの土地に流れてきた瓦礫です。 が、これはほんの一部で今日の作業だけでは取り除ききることはできませんでした。

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今日のボランティア活動を終えた後、僕たちは陸前高田高校の視察へと向かいました。

初めてこれらの画像を見た人は何を思うでしょうか?
そして自分が今、この瞬間にしなくてはいけないこと、また、何ができるのかを考えること、それを考えることが重要なのではないのでしょうか。

そして、何度もこの画像を見た人は、あえてアップしたこの画像をまた改めて見つめなおしてみてください。

写真・陸前高田高校

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以上、活動報告終わり。

第23次隊ブログ!!  ~陸前高田~

第23次隊!! 本日の活動報告!!

と、いきたいところですが、昨日はサーバーメンテナンスがあって更新できなかったので、一緒に前日(29日)の活動報告もしようと思います。

なのでまずは29日の分から。

10/29 ~釜石~

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この日は釜石での視察と、ボランティア活動を行いました。

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朝の視察の段階から現在の釜石の状況に唖然とするばかり・・・。

僕たちを含め、今回集まったボランティアの皆で力を合わせ、側溝の清掃を終えると、この日の活動に区切りをつけ、再び釜石の詳しい視察へ向かいました。

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↑地盤をさらっていかれてしまい、傾いた建物

津波は押し寄せるだけではありません。津波が引いていくときには波に飲み込まれたものを根こそぎさらっていってしまいます。

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次に本日(30日)の活動です!!

10/30 ~陸前高田~

本日は朝に気仙沼視察に行きました。

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気仙沼はまだ瓦礫撤去が進んでいない地域で津波の傷痕がまだ色濃く残っていました。

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↑もともと家があったところに海水が残っている様子。

視察を終え、陸前高田ボランティアセンターに向かいました。

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この日全国から集まったボランティア希望者は約600人いました。

中には外国の方もいて世界的な出来事だったことを再認識させられました。

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この日の作業現場は海から数キロ離れていましたが、瓦礫撤去の際に多くの貝殻を見つけました。

津波の規模の大きさを伺い知ることが出来ました。



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↑瓦礫撤去の様子の写真です。

ただの畑の土のように見えますが、これは津波によって運ばれてきた粘土を含みこの下に家の基礎が埋まっています。

この日ボランティアに関わった現地の方が津波発生当時の写真を見せてくれたので、現在の陸前高田の様子と対比してみたいと思います。

(上:津波発生当時、下:現在の様子)
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こうすると津波の規模の大きさと復興の度合いがわかりやすいと思います。

これにてこの日の活動は終了です。お疲れ様でした。

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文責 第23次隊 舞島、萬