作詞:橋本淳

作曲:井上忠夫


先生 私 憶えてますか
手編みのセーター 着てますか
ところで先生 17才は
大人でしょうか 子供でしょうか
パジャマ姿で ウロウロするな
突然 兄貴に しかられました
螢の光に泣きながら
すがってしまった先生は
やっぱり私の 初恋ですか

先生 愛は 心でしょうか
クラスで うわさの種でした
なにか ふたりに 秘密があると
休み時間に 責められました
先生 今でも独身ですか
遊びにいっても かまいませんか
ひと恋しくて灼けるような
うちあけ話 あるのです
こんな私は 大人でしょうか

先生 今でも独身ですか
遊びにいっても かまいませんか
ひと恋しくて灼けるような
うちあけ話 あるのです
先生 私は 大人でしょうか






さてデビュー区切りの年=末尾0or5年で思い出すアイドル&タレントさんを振り返ります。

西暦の末尾2&7年って、記憶になんとなく残るアイドル系が目立ちます。

その中からデビュー45年の榊原郁恵さんのデビュー曲を取り上げました。


んまぁ御存知の人は多いでしょう。
第1回ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを取った、通称=郁恵さんのデビュー曲ですが、事務所の先輩である山口百恵さんを意識しながらも清純派の仕上がりにしてます。


こんな画像の郁恵さんが読んだなら、どう思うんだろう。

17歳の少女が手編みでセーターを作り、先生にプレゼントする。

独身を確認するってことは、中学校の先生ってこと?

あるいは高1の時の先生か?

ヒロインが17歳だから両方ありでしょうか。


やっぱり郁恵さんってなると画像かな?

グラビアで水着でしょうか。

僕は中2〜中3かな?

微妙だったなぁ!


画像的には、こんな感じ。

胸が見えてもThe男は無反応。
だって母の胸は僕にとって飾り物だからなぁ。

故に男の大胸筋すらオッパイだったんですからね!

ましてや豊満な胸は子供の頃に見てないから。



さて新人豊作の年ってあたりをWikipediaから抜きだすと


1977年(昭和52年) - 『私の先生』で歌手デビュー(キャッチフレーズは「一億円のシンデレラ」)。同期デビュー歌手では荒木由美子、高田みづえ、清水由貴子、大場久美子、香坂みゆき、狩人、川崎麻世、清水健太郎、太川陽介などがいる。

ホント、ホリプロの英断は間違いではなかったんです!

荒木由美子さんは天性のボーカリストタイプで、山口百恵さんを彷彿させます。

歌唱力だけならグランプリです。

でもタレントとしての器用さを、郁恵さんに見出してのグランプリ=アイドルとしての守ってあげたさ!

これで勝ち組ですね。


なんたって

機界戦隊ゼンカイジャー


祖母役で出てる(or出てた)んですよ!

後2ヶ月欠けるくらいで63歳ですよ!


ガンを構える姿も、まだ凛々しいですよね。

それもこれもデビュー45年のなせる業でしょうね。


んまぁ歌詞の疑問文=言葉の最後が、〜か  が目立ちますよね。

これ、年下の男の体を改造してないゲイとして、今になって読み返すと聞きたい気持ちはわかる気がするんです。

当時は女性の方が男より少し早く大人の体になるよな!
ってな思いを持ってましたね。


改めてアイドル時代と


最近を比較すると、イジらずにスライドしてる感がわかりやすいんじゃないかなとか思いますね。

有名人じゃない僕なんか、肌の手入れ&運動不足から絶対に郁恵さんよりは老けて見られるでしょうね!

だからピグをプロフ画像にして、目を曖昧に&口にマスクしてるんです。

そういえば今を去ること、どのくらいか忘れたけど、石野真子さんもデカレンジャーかな?

スワンだっけ?
やってるんですよね!

世代を問わず、ドラマで顔の売れてる郁恵さん。

まだまだ頑張れますね!

ってことで今回はここまで!