今、「等身大」であることが全ての幸せに繋がってるって皆実感してきたじゃない?

でも、人ってなかなか「等身大」で生きられないものじゃない?

だから男女のパートナーシップによって鍛錬する人も多いんだけど

昭和世代なんかは特に洗脳が強いからなかなか大変なんだよね。

もちろん全部がそうではないけど、大抵は

女性は男性を立ててきめ細かい生活のケアに励む事こそが円満な人生だと思ってるし

男性は女性を守りリーダーシップを発揮することがヨシとされると思ってる。

まれに、それがお互いの「等身大」にバチッとハマる場合は、それはそれで幸せだからそこに課題はないわけだけど

そうでない場合は、鍛錬の道に入るよう設計されている。

あくまで一例だけど

女性がパートナーに対して「それは違うよ」と思う事すら自覚できず、それでも無意識にどこかで見下しながらも、円満を優先するあまりアホなフリをして従っていると

男性も無意識に居心地の悪さを感じつつも、オレがしっかりしなくてはという追い詰められた気持ちになり

そのフラストレーションから、「女なんて所詮はこうだ」とさも分かったような態度を取るようになり、女性はそこにカチンとくるみたいな。

で、そこに神の力が働き

お互いに「キレる」という恩恵が与えられる。

「こうあるべき理想の関係性」という洗脳が深ければ深いほど

「キレるという勢い」がないと、自分の本当の気持ちが表面に出てこないものだからね。

そこで

もしキレる過程で嫌になって別れちゃったら、もう一度相手を変えてやり直し。

キレる自分を見るのが嫌なのか、キレる相手を見るのが嫌なのか、そこは表裏一体なので

相手が悪いと人のせいにすることはできない。

ここで自分は絶対に善人側でいようとする、自分は絶対にキレたくない、そんなエゴが強いと

「私は一人で美しく穏やかに生きていく!」と相手の排除をする場合や

「私は自分を抑えてでも平和な家庭を維持する!」とテーマを老後に先送りする場合もあり

それはそれでその人の複合テーマだから、良い悪いはないんだよね。


お互いの魂の同意のもと、キレる選択をした関係性は、何だかんだと、すったもんだがあり

それでもそこを2人で首尾よく通過すると

「理想像」が解けていって、もともとの「等身大」が表れてくる。

面白いのは、お互いの一方が自分の「等身大」に気づくと、即座に相手も「等身大」を思い出す。

ここは呼応&共鳴のマトリックスだからね。

そしてまるで呪いから解放されたかのように、新たな気持ち良いパートナーシップが再構築されてゆく。

これ、それぞれの洗脳の深さにもよるけど、今まで何十年も、なんなら一生かかってた案件なんだよね。

でも今の時節は、歪みが急速に浮き上がって来てるから、もっとスピーディーな展開になるかと。

もちろんこれは、あらゆる人間関係においても同じように来てて

パートナーシップの場合だと「魂の約束」というかある種の強制力があるけれど

そうでない場合は

「等身大」で心地よくいられる関係性に、周りの人間関係が組み替わるというか「最適化」されてゆくのかなと。

家族、友人、パートナー

人同士には何かしらテーマがあって、それをクリアしてお別れする時は、本当に爽やかなものなんだよね。

もちろん禍根を残したままのお別れもアリね。