シーマンという1999年のゲーム、学校教育についての考察が深い。
シーマン、皆さんはご存じでしょうか?人面魚でしょ?と知ってる方は多いのではないでしょうか。シーマンという人面ペットと会話ができるゲームで、そのビジュアルのインパクトに誤解されがちなゲームですが、このシーマン、語ることが深い・・・・。学校教育についても話していてシーマンというゲームで非常に心が動かされてしまいました。コンピューター車間が浸透してきて、学校教育にも利用されるようになった来たことについてのシーマンの考察です。フジ工房さんの動画(20日目)を参考にしました。シーマン:SEAMAN作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有youtube.com頑張って書き下してみましたのでちょっと読んで見てください。*文字違いは見逃してくださいね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーおまえパソコン持ってる?で、どうなのよ君たち、昔みたいなノートや鉛筆の代わりにさ電卓やコンピューターがこのまま学校教育に取り入れていかれることに対して不安?やっぱり不安だよな~、いずれ人間がコンピューターに取って代わられちゃうんじゃないかってなてことは、あれか学校教育にコンピューターが入っていくことに反対ってこと?やっぱ人類っていうのは道具で生き延びてきたいきものだろ肉体的にはかなりひ弱だからさ服着たり火使ったり眼鏡つけたりやってるわけじゃない。まあ、俺にいわせりゃ、電卓使うのもコンピューター使うのも一緒だね。電卓使うと暗算が苦手になるって話は古いよ。服着ると体がひ弱になるって言ってるのとおんなじだね。つまりさ、人間なんてこれからも道具の助けを借りて発展していくしかないんじゃないの?って思うけどね。ちょっと一つ問題出すぞ。3秒で答えてほしいんだけど。7×9っていくつだ?今さ、お前本当に計算しようと思った?・・本当か?さっき俺が言った道具ってさ、例えばこの掛け算の9×9だったりするわけですよ。今お前はさ、3秒の間に昔に覚えた「ににんがし・・・」っていうあの数え歌を、頭の中で復唱しただけなのよ。小学生の時に丸暗記したこの数え歌がさっき言った道具ってやつでさ事前に計算された表を思い出しただけなんだよ。本当に頭で計算したわけじゃないの。電卓も同じでさ、そういった辞書みたいなもので頭を効率よく使うための道具なんだよね。いるだろよく、自分の頭をハードディスクみたいにしちゃってるやつ。山手線の駅のなまえ、順番に全部言えるとかさ。俺にいわせりゃ資源の無駄使いだなそりゃ。アメリカじゃさ、車の運転って、高校の授業に組み入れられてるって知ってた?アメリカって国はさ、地下鉄とかほとんど走ってないから、車持ってないと生活できないわけ。だから学校で教えてるんだよね。いわば生活の必需品だからさ。まあ、昔でいう電卓や今でいうコンピューターも同じでさ、学校教育にどんどん取り入れられてるじゃん。これで計算能力が落ちるっていう議論もあるみたいだけどさ、そもそも、算数や数学って、計算能力を問うための学問じゃないじゃない。今までの日本の学生を見てて思うのはね、答案用紙の裏を使って計算させるってことにどうも無理があるように思えてならないんだよ。誰が計算しても答えが一つのものはさ機械に置き換わってっていいんじゃないかな、と思うね。むしろ、コンピューターという道具を使って、「人間にしかできないことを育んでいくこと」 がこれからの君たちの正しい道だと思うね。昔はさ、漫画を読むと字を覚えないとかテレビを見てると 一億総白痴化 なるとかなーんて言われてた時代もあったんだけどさ、知恵熱みたいなもんでさ、新しいメディアが出てくるとそういう議論が起きるわけだ。君たち人間が、進むべき道は「想像力」 とか 「発想力」つまり、答えが一つでないもの俺はほんとに思うね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1999年の製品とは思えないほど、現代に通用することを話していて興味深いですね。美術教員志望としては、同じように思っている部分があったりと、ところどころ考えさせられました。シーマンのように胸に刺さる話ができる教員になりたいです。他にも面白い話をしているので良かったら実況の視聴・ゲームプレーをお勧めします!!_END_