鬼滅の刃の 元 忍びの柱も

自分が怪我をしたから

 柱としては役に立たないけれど 


でも 若者を指導するという意味では

まだ自分にやることがある

できることがある 


そこはどこか 風間公親と重なるものがある

  一般の人間でもそこは同じなんだと思う


 自分の能力が衰えていく 何かが失われていく

けれどまだ命があるということ

自分に 志や、やるべきことがあるとしたら

それをやれば良いのだと思う


 まだ誰かの役に立つことができる

若者たち 未来のため この世界のために

 何かができるとしたら

それを素直にやればいいんだと思う 


そこに意味があって 尊さがあると私は感じる